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秘密

 月日は流れていき、気づけばあっという間に夏休みに入っていた。今年の夏は異常に暑く、教室の天井についたクーラーも役に立たない。女子校だというのに蒸しかえった空気、補習組のクラスメートは全員と言っていいほど前髪と制服が汗ではりついていた。

 

 あれから秋斗には一度も会っていない。どこかでまた熱中症になりかけているのか、はたまたこの間の私のように声をかけた女の子に山を登らせているのか。

 調べてみたところ、あの山は紫雲山(しうんざん)という名前らしい。「(むらさき)」の「(くも)」と書いて、紫雲山。うん、好きな響きだ。


 補修を終え、家に帰る途中で涼を求めて立ち寄ったコンビニでコーヒーを買い、少し休憩、と近くの公園のベンチに座った。

 入るときににちらっと見た石のプレートには、「漆串(うるしぐし)公園」と書いてあった。最近はなぜか不思議な名前に出会うことが多い。


 そんなことを頭の隅で考えつつ、ぼーっとコーヒーを飲んでいると誰かが公園に入ってきた気配がした。

「お、先約だ」

 振り向くと、そこには秋斗がいた。

 危うく緩みそうになる頬を筋肉で必死に引っ張り上げる。実を言うと、秋斗にもう一度会いたかったのだ。またいろいろ教えてほしかったし、連れて行ってもらいたかった。

「君、お名前は?」

「え……?」

 言葉が出なかった。だって、あまりにも無邪気に笑っているから。私は目の前の秋斗が冗談を言っているようには見えなかった。

 気づけば、私は口を開いていた。

「春海夕凪……です」

「夕凪ちゃんか。夕凪……ゆうな……いい名前」

 私が怪訝な顔をしていることに気づいたのか、秋斗は焦りはじめた。

「あっ、ごめん。ごめんね。知らない人にいきなり声かけられて怖かったよね。じゃ、僕もうお暇するから」

「待って!」

 このまま秋斗を行かせてはいけない気がした。なんだかもう会えなくなりそうで。

「もしかして、忘れちゃった?夕凪だよ?山、登ったじゃん……いろいろ教えてくれたじゃん!……あ、そっか、あれから時間空きすぎたからだよね!私ちょっと太っちゃったし、顔も変わっちゃったのかな?」

 秋斗に忘れられているという事実が信じられなくて、信じたくなくて、早口でまくし立ててしまった。

 一息に言ってから、はっと我にかえる。

 秋斗は呆然とそこに立っていた。気のせいか、どこか申し訳なさそうな顔をしている。

「や、あの、ごめん。別に、秋斗くんが悪いわけじゃ、ない、のにね」

「ううん」

 秋斗は力なく首を振った。

「ううん、僕が悪いんだ。きっと昔の僕は、君に会ったんだね。それなのにごめんね。せっかく僕を覚えててくれたのに」

 何、それ。何、その言い方。

 どうしてそんな他人事みたいに言うの?どうしてそんな覚えてないみたいに言うの……?

「本当に、覚えてないの?」

「うん。ごめんね」

 秋斗は私に深々と頭を下げた。

「……いいよ、もう。そんなことしてほしいわけじゃない」

 秋斗はなにも言わなかった。

 

 しばらく沈黙が続いた後、秋斗がようやく口を開いた。

「明日、時間あるかな」

「どうして?」

 だめだ。どうしても秋斗にあたるような言い方になってしまう。

「僕のことを、知ってもらいたい。全部話すから。もう夕凪ちゃんを傷つけたくはないから」

 不覚にもトクンと胸が鳴った。女子校の生徒は男性慣れしておらず、こういう優しさにめっきり弱いのだ。

「もし、夕凪ちゃんが嫌じゃなかったら、明日のこの時間にまたここに来てほしい」

 秋斗は苦い顔をして、続けた。

「それと、また僕がこんな感じだったとしても、呆れないでほしい。見放さないでほしい。ごめん、我儘だっていうのは分かってる」

 あの優しい秋斗が、どれだけ自分を責めているかは痛いほど伝わってくる。何があったのか、どんな理由(わけ)があるのかは知らないが、私もこれ以上秋斗のつらそうな顔を見ていられなかった。

「分かった。明日、この時間に、また」

「ありがとう、夕凪ちゃん」


 秋斗に別れを告げて背を向けたその時、また『あの言葉』が聞こえた。


「明日の僕が、君と友だちのままでいられますように」


 今はこの言葉がとても大事なことのような気がした。

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