チャチャ丸とまさはるの日々
疲れたサラリーマン・まさはると、ちょっとおせっかいなフナムシのチャチャ丸が織りなす、ゆるくて温かい日常を書きました。
まさはるは疲れていた。
満員電車、上司の小言、鳴り止まないチャット通知。
生きるだけで精一杯な日々の中、ふと降りた駅は、降りる予定のない海辺の無人駅だった。
「……まぁ、たまにはいいか」
そう言って、スーツのまま防波堤に座った。
そのときだった。
足元から何かが動く気配がした。
「おい、スーツ。お前、顔ひどいぞ」
「えっ……?」
「目の下のクマが、カラスの足跡みたいだ。深刻だな」
そこにいたのは、フナムシだった。
しかも喋っている。
「オレの名はチャチャ丸。ここらじゃちょっとした相談役さ」
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最初は幻覚かと思った。疲れてるんだな、と思った。
でも翌日も、その次の日も、まさはるが駅で降りて海へ行くと、チャチャ丸はいた。
「今日は何があったんだ? 仕事? 恋愛? 上司の靴が臭かったとか?」
口は悪いが、妙に的確だった。
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チャチャ丸との日々は、まさはるの中で特別な時間になっていった。
誰にも言えないことをつぶやけば、チャチャ丸はすぐに茶化して、でも最後にはこう言ってくれる。
「まぁ、お前はよくやってるよ。ちょっと休めって、海も言ってんだろ」
その言葉が、まさはるの心をふっと軽くする。
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ある日、まさはるは会社を辞めた。
決して衝動ではなかった。ずっと溜め込んでいた「もう無理だ」という気持ちに、ようやく正直になっただけだった。
防波堤に座るまさはるに、チャチャ丸が言った。
「……お前、辞めたな?」
「うん」
「後悔してるか?」
「いや、今は風が気持ちいいって思えるくらいには、生きてる」
チャチャ丸は、海風に吹かれながら静かに言った。
「人間って大変だな。でも、お前はちょっとマシな部類だ。ちゃんと自分を選んだ」
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その日から、まさはるは毎朝、海に行くようになった。
地元の小屋で釣りの手伝いをして、チャチャ丸に相談されることも増えた。
「なぁ、最近フナムシ界の若ぇのがな……生意気なんだわ」
今では、相談役は交代していた。
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まさはるとチャチャ丸。
人間とフナムシ。
だけど、どこか同じ風を感じて生きている、ちょっと不思議なふたりの日常。
今日も、防波堤に潮風が吹いている。