第7話 エピローグ
男は、数日前から体調不良に苦しんでいた。
何を食べても味がしない。体は鉛のように重く、頭がぼんやりとしてまともに思考ができない。
「くそっ……なんなんだよ……」
ベッドに横たわりながら、男は荒い息を吐いた。
原因は分からない。ただ、数日前から体の大半のエネルギーを失ったような―――そんな感覚が続いていた。
頭に浮かぶのは灯籠 ぼたんの顔だった。
バイトを辞めたことが許せなかった。どうにかしてあの子を懲らしめたい―――そう思うたびに、頭の中が熱くなった。盗撮した彼女の写真を切り抜いて『目』の部分を集め、電信柱に貼り付けたのも、その怒りを発散させたかっただけだった。
ガタリ―――。
部屋の隅で何かが動いた音がした。
男が視線を向けると、そこには見知らぬ男が立っていた。
和服を着た小太りの中年男―――明らかにこの場に似つかわしくない存在だった。
「やっぱり!なんだか、生きている感じがしたんですよね。いや~、また太っておいてよかった」
低く落ち着いた声が部屋に響く。
「な、なんだお前!?」
男はベッドから身を起こし、驚愕の表情を浮かべた。
「あなた、なかなか美味しかったですよ。でも、いけないな―――」
仏原は口元に薄い笑みを浮かべた。その笑みが、男の心に寒気を走らせる。
「ひっ……お前、なんなんだよ……」
「だから―――いただきに来たんですよ。本体をね」
仏原がゆっくりと男に歩み寄る。
男は震える手を何かに伸ばそうとしたが、力が入らない。
「私ね、霊を食べるのが好きなんです。この世で一番美味いと言っていい―――」
「よせ! 近づくな! 俺は―――」
「ただ、私も一応ね、倫理観みたいなものがありまして。食べても良さそうなのだけ、食べているんですよ」
だめだ―――まるで話が通じない。
「あなたは、食べても良さそうだ―――」
仏原はなおも歩みを止めない。
男の呼吸が荒くなる。
「霊はね、人から生まれるわけで―――」
仏原の手が男の方へと伸びた。肩を捕まれる。
「だからね、まあ『人のままでも霊として食べられる』んですよ―――」
男の真っ黒な目は、人間のそれではなかった。
「―――ごちそうさまでした―――」
仏原の前には、男が静かに横たわっていた。
「うん、やっぱり一期一会のものがありますね。2回同じ味は飽きますから」
仏原はその場で軽く伸びをし、満足げに部屋を見渡した。
「さて、次はどんな霊に出会えるかな―――」