『神さま』のおはなし
いま、YouTubeをみていると
『神さまに嫌われるひと』
とはどういうひとなのか、
というのが目についた
目についた瞬間に想ったことがあって
ちゃんとその動画をみるまえに
コレ書いてるから
内容はよく知らないのだが
じぶん勝手なひと、とか
反省をしないひと、とか
なんかそんなことを云ってるんだろうと
想うけど
いま、云いたいのは
それに対する是非ではなくて
その『神さま』って
なにもの?
ってこと
さらに云うなら、
そういう神さまを
私は信じたり信じなかったりしている
ということ
どこどこの一神教じゃなく
わがくにの八百万の神さまたちでもなく
なんかこう、
天の上にいらっしゃって
私たちのことをすべてみてくださって
良いことをしたときは
恵みを授けてくださって
悪いことをしたときは
見合った罰をお与えになる
みたいな
偶像としては
十戒でもないし十字架でもないし
コーランでもないし仏典でもない
そんな言葉やシンボルなど持たない
だから宗教とも想えない
けれども
神聖で、正しくて
裁き、赦す、
そんな神さま
たとえば『運命の神さま』とかでさえない
ただその『神さま』に嫌われたくない
できれば好かれて幸せになりたい
そんな想いをいだかせてくれる
『神さま』
たぶんその『神さま』は
たにんに優しくできるひとが好きで
たにんを押し退けるひとは嫌いで
その場を明るくできるひとが好きで
その場から逃げるひとは嫌いで
なんんていうかこれまで生きて来て
私が好きだったり
嫌いだったりした
『神さま』なんだろう
で、
そのYouTubeのいう
「神さまに嫌われるひと」の『神さま』も
私の想う『神さま』に
ほぼ近いのではないか
名前もないから
だれも日々のお祈りをしない
ただ助けて欲しいときだけ
『神さま』、おねがいします、と祈る
そして運が悪いことがつづいたりすると
『神さま』がみてるよな、やっぱり
とかじぶんの行いを反省したりする
そんな、『神さま』
それはだから私一個人の妄想ではなく
けっこう万人がそのこころに抱いている
『神さま』像だったりするのかな?
なら、もしかしたら
その『神さま』こそが
たとえば道徳とか
たとえば天罰とか
たとえば因果応報だとか
たとえば人間万事塞翁が馬だとか
タイムイズマネーだとか
溢れたミルクは元には戻らないだとか
あんなこんなの
『正しいこと』を
操っていらっしゃる
としたら?
ひとは死ねば塵芥に還るのだけれども
それなら魂はどこへ行くのかだとか
『わからない謎』を
わからないままにされている
としたら?
私はおそらくその『神さま』
てのひらの上で
そうして一生過ぎるのだと
想うのだ
転生輪廻なんてのも
『わからない謎』のまま
死んでゆくのだろうな
けれどもなぜかわかっていることもあって
私の血縁者たちはみな
かなりの早死にだったが
だれひとりとして
なにかに生まれ変わってるない
なぜかそれがわかっているから
『決してわからない謎』の
魂は?
という問いには、死ねば消えてなくなる
輪廻は?
という問いには、身の回りにはなかった
と答えられる
なぜ、それが、わかるのか?
わからないけど、わかるのだ
そうして、だから今日も生きてゆける
魂の行く末に悩んだりせず
輪廻を望んだり恐れたりせず
わからないけど、わかるまんまで
私はこうして、生きてゆくのだ




