1-9 暗殺者の正体
シリルはフェリシアの手を引き、王宮の中をどんどんと進む。夜会会場から離れた廊下には、もうほとんど人気がなかった。
「大丈夫なの?シリル」
「他の貴族を人質に取られたりするよりは、ずっと良い。君のことは≪反射≫で守るから安心して欲しい」
「え……貴方のことは、どう守るの!?」
「見てたら分かるよ」
そうやって早足である程度進んだ先で唐突に、フェリシアの頭に未来が流れ込んできた。
「シリル!右側よ!!」
ガイン!!
シリルはフェリシアの手を左手で握ったまま、右手で持った剣で攻撃を受けていた。相手の曲者は目深に黒いフードを被っている。かなり小柄な体格だ。
ガキン!
ガキン!!
二撃三撃と受けたあと、曲者が突如体を翻し、ぐるんと回転してシリルを切り付けた。シリルが切られたのは頸動脈。ブシュッと勢いよく血が噴き出す。辺りが血に染まり、フェリシアは真っ青になった。
しかし、シリルは笑った。
「≪再生≫」
あっという間に傷が塞がる。シリルは血まみれのままで上機嫌に笑っていて、その姿は異様だった。
「ふっふっふ。俺のことは簡単に殺せないよ」
「クッ…………!」
突如、廊下にブワッと黒い空間が広がる、曲者はその中に転がり込んで姿を消した。
「なるほど。空間魔法か。面白い」
「シ、シリル、大丈夫なの……!?」
「んん?全然?」
「……また来る!後ろよ!!」
ザシュッ!!ドッ!!
シリルはノーガードで背中を切り付けられ、次いで右腕を切り落とされた。
ぶつんと切れた右腕が、ドッドッと音を立てて床に転がる。
「≪再生≫」
にゅるん!!
シリルが唱えた途端、右腕が勢い良く生えてきた。背中の傷も一瞬で塞がったようだ。
「あーあ。服がダメになった」
「ば、化け物……っ!」
曲者は怯えた声を出しながら、半歩後ずさった。シリルは硬質な声でフェリシアに告げた。
「何とでも。シア、手を離すよ。君のことは≪反射≫で守ってるから大丈夫。ちょっと追い詰めてくるから」
「う、うん」
彼はもう一本帯剣していたらしい。剣を抜き、今度は両腕で構えた。
「はあっ!!」
「!!」
ガキン!ガキン!!ガキン!!!
シリルが苛烈な攻撃で曲者に迫っていく。曲者のフードが翻り、顔が露わになった。黒髪で金の目、まだ少年だ。
相手の少年の剣技も全く負けていない。シリルの激しい攻撃を受け、食らいついていた。
しかしシリルは全くのノーダメージだ。少年が懐に潜り込み、切り付けても、何度でも瞬時に回復する。するとだんだん少年の方に、小さな傷と疲労が溜まってきた。
ガン!!
シリルはとうとう、少年の剣での攻撃を腕だけで受け止めた。
「≪再生≫」
シリルは食い込んだ剣をそのままに回復して――――剣を腕の中に閉じ込めた。
少年は一瞬身動きが取れなくなり、剣を手放す。
その隙にシリルに大きく足払いされ、バランスを崩した。
転んで起き上がった少年の喉元に、シリルは素早く剣を突き立てた。
「命は取らない」
「…………っ」
「その魔法。その容貌。獅子の子ダークと見受けた」
「何故、俺のことを……!?」
「獅子カイザーは、俺の剣の師匠だ」
「!?そんな…………!通りで、剣筋が…………」
「ダーク。この暗殺は王太子の指示だな?」
「…………」
「お前ほどの男が何故、王太子なんかに味方している?あれが腐っていることは百も承知の筈。何か弱みを握られているんじゃないのか?」
「……………………妹、が」
「妹?」
「妹が、人質に取られてる…………」
ダークという少年は苦しそうに唇を噛みながら、がっくりと項垂れた。
♦︎♢♦︎
「ルーチェさんという妹さんがいるのね」
ダークはシリルの執務室に連れてきた。
「ルーチェは病気なんだ。そこを、王太子テオドールに狙われた…………」
「そんな……!」
「テオドールの≪絶対制約≫を使われたか」
王太子テオドールの持つ魔法は、小説にも登場する。
二つの魔法のうち一つが≪絶対制約≫だ。大きな隙のできた人物を人質に取り、任意の相手に制約を押し付けられるというもの。制約を破ると、自動的に人質が殺されるという恐ろしい魔法である。
一度に一人相手にしか使えない魔法のはずだが、今はそれがダーク相手に使われているようだ。ダークの首元には制約の証である、黒い痣の紋様が浮かび上がっていた。
「制約の内容は?」
「ルーチェを助けに行かないこと、だ。だから、俺がルーチェを助けにいくと、自動的に彼女が殺される……ルーチェを人質に取られているから、俺はテオドールに逆らえない」
「下衆だな」
シリルは吐き捨てた。テオドールのすることの悪辣さに、フェリシアも怒りで震えた。
「ルーチェの隠されている場所は特定できているのか?」
「他の影の協力もあって、特定はできている。王宮の……東三塔の隠し部屋だ」
「あそこか。じゃあ俺が行って、助けてくるよ」
「…………え…………?」
ダークはぽかんとした。それから慌てて言い募った。
「待て!俺はあんたの命を狙ったんだぞ!!俺を始末するんじゃないのか!?」
「そんな非建設的なことしないよ。目覚めも悪くなるし」
「妹ともども、殺されるものだと思って覚悟して、俺は…………!!」
「ダーク。獅子カイザーにはお世話になったんだ。お前は師匠の息子。俺はお前を助けたい。それじゃ駄目か」
「…………そんなっ…………でも…………」
「もしも納得できないというなら、今後俺に忠誠を誓え。その中で俺に恩を返せ。それで良い」
「…………!!」
ダークは崩れ落ち、膝をついて地面に頭を擦り付けた。
「…………お願い、します!!…………妹を、助けてください…………!!」
「ああ」
「助けてくれたら、何でもします。貴方に忠誠を誓います……!!」
シリルはにっこりと笑って言った。
「これは頑張らないとだね、シア」
「ええ。行きましょう」
二人は早速、東三塔へと向かった。