5-4 決戦
ヴィルヘルムの言葉を合図に、テオドールとカロリーナはあっという間に騎士に取り囲まれた。
ベルトには、騎士団の中でも特に実力の高いネルケが刃を向け、動かないよう注意を払っている。
テオドールは歯軋りをしながらヴィルヘルムと、シリルを交互に睨みつけている。
これが騎士団によるダミークーデターであることは、テオドールには見抜かれているだろう。
それでも良い。建前を作るのが重要だ。
シリルはフェリシアを伴い、一歩前に進んで朗々とした声を出した。
「待て。兄上は悪には違いないが、王位継承権を放棄するだけで十分だ。どうか命だけは助けてくれ!」
憎いテオドールの命乞いを、敢えてする。ヴィルヘルムは渋々と言った演技で頷いた。
「わかりました。王太子テオドールが王位継承権を放棄するというのなら、この剣を納めます」
「だそうだ。…………兄上、どうする?」
貴族はどよどよと騒めき、パニックを起こしているものもいる。
しかしテオドールは、突然狂ったように笑い出した。
「ははは。はっはっは!!これは良い筋書きだな、シリル!!」
それから周囲の騎士たちを見回して、馬鹿にするように言った。
「良いだろう。そう来るのなら、王位は譲ってやっても良い」
「!」
「でも、シリル………………お前の一番大切なものは、壊してやる!!!」
剣の天才であるテオドールはあっという間に、騎士たちの制圧を抜け出した。全力疾走でシリルの元に向かってくる。
一方の騎士団長ベルトは、ネルケと剣を交え始めた。加勢されるとまずい。ヴィルヘルムたちはネルケに加勢するため、転移した。
シリルは、剣で何とかテオドールの先制攻撃を受け止めた。
フェリシアを庇い、二撃、三撃と次々受け止め続ける。
しかし途中で受け止めきれないところがあり、アンネリーゼの≪祈りの守護≫を消費してしまった。
「チッ………………!!」
「どうしたぁ!!シリル!!俺を殺してみろ!!」
その瞬間、シリルの剣戟はテオドールに大きく跳ね返された。シリルは体勢を崩され、剣が宙に飛んでいく。
その隙にテオドールは身を翻し、フェリシアに切り掛かってきた。
――来る!!
フェリシアは直感したが、下手に動くことはしなかった。
バチン!!
アンネリーゼの≪祈りの守護≫が発動し、攻撃が跳ね返された。しかしテオドールは攻撃の手を緩めない。
「まだまだぁ!!」
バチン!!
今度はシリルの≪反射≫が発動した。テオドールはなおも体勢を立て直す。
――また来る!!
ガキン!!!
最後の最後は、シリルがすんでのところで攻撃を受け止めた。先ほど体勢を崩したシリルは、剣を構える余裕もなく、腕で直に攻撃を受け止めたのである。
「キャアアア!!!!」
「シリル殿下が刺されたぞ!!!」
会場は阿鼻叫喚だ。シリルは腕に剣を閉じ込めたまま叫んだ。
「≪再生≫!!」
シリルが叫んだその瞬間、テオドールはニヤリと……嫌らしく笑った。
「ざぁんねん。毒が、仕込んであるよ」
「がはっ………………!!」
「シリル!!」
剣を腕に閉じ込めたまま≪再生≫したシリルは、勢いよく血を吐いた。体が痙攣している。
フェリシアはシリルを抱き止めた。
「万事休すだなぁ、シリル…………!!」
剣を失ったテオドールが進み出て勝利宣言をしようとした、その時。
まだ幼い少女の声が会場に響いた。
「≪運命拒否≫!!!」
叫んだのは――――ルーチェだ。
会場の入り口に立っている。隣には、ダークと――――国王本人が、居た。
「国王だ!!」
「本物だ…………!!き、危篤状態というのは、デマだったのか!?」
国王の登場に、貴族たちは一気に湧き立った。
シリルは剣の刺さっていない方の腕で、フェリシアを抱き止めた。
「シリル、毒は……!?」
「大丈夫、ルーチェのお陰で解毒されたみたいだ…………何とか、間に合ったね」
「シリル……!!良かった…………」
呆気に取られたテオドールは、瞬く間にヴィルヘルムを初めとする騎士たちに拘束された。全員タイミングを見計らって、一気に転移してきたのだ。
見れば騎士団長ベルトも、ネルケと数人の騎士に取り押さえられている。
大きく騒めく会場の中、最初に声を上げたのは国王だった。
「静粛にせよ!!」
会場が、一気にシンと鎮まり帰る。
国王はダークに支えられながらも、しっかりとした足取りで前に進み出た。
「ここにいるテオドールは、病で弱ったわしを軟禁していた。そして、わしが臥せって会話ができない状態だと……偽の情報を流していた!!わしから政治の実権を奪い取るために!!」
ざわり……!!
貴族たちが一気に取り乱し、動揺が広がる。
「それに留まらず、テオドールは無辜の民を沢山殺害した。そして軍事力による恐怖で圧政を敷き、民を押さえつけた!!これらのことだけでも、十分死罪に値する!!」
テオドールは目を見開き、王を見つめていた。
すかさずヴィルヘルムが、魔法の使用を制限する手枷を、彼の腕に嵌めた。
これは大罪人だけが嵌めるものだ。しかし国王の許しが出た今、何も遠慮する必要はない。
「その上、テオドールは第二王子シリルとその婚約者フェリシアを殺害しようとした。今、この夜会の、衆目の前で!!」
国王は重々しく続けた。
「テオドール。今この時を持って、お前から王位継承権を剥奪する!!今、この瞬間からお前と、お前の下で暗殺の実行犯をしていた騎士団長ベルト……そして、協働していた侯爵令嬢カロリーナは、全員罪人だ。覚悟せよ」
それからシリルの方を向いて、国王は優しく言葉を掛けた。
「シリル。わしの不在の間、よくぞ国を立派に支えてくれた。水害に、冷害。その他数多の困難をよく乗り越えた」
「ありがたきお言葉です……陛下、ご無事で何よりです」
「わしと国を救ってくれた、シリル・ブランシャールに命ずる。お主をこのフェイトラール王国の、次の代の王とする!!用意が出来次第、すぐに王位継承の儀を執り行う!!」
「その御命令、喜んで受け入れさせていただきます!」
これに反応し、ノイラート公マティスとトラウトマン公ネルケが、前に出て拍手を始めた。真っ先に歓迎の意を示したのである。
拍手はあっという間に広がっていき、やがて大きなものとなった。シリルが次の王として認められたのだ。
皆に向かって、シリルとフェリシアは礼の形を取った。拍手はより一層、大きくなった。
しばらくして拍手を収めた後、シリルは一歩進み出て申し出た。
「王よ、私から一つ、お願いがございます!」
「何でも言ってみよ」
「今回クーデターを起こそうとした、騎士団の副団長、ヴィルヘルム・アレキサンダーを初めとする騎士たち。彼らは、義憤に駆られて今回奮起したのです。これについて、一切の罪に問わないでいただきたい」
「もちろん、そのようにする。次の王はお前だ。お前に決定権を委ねよう」
「ありがとうございます!!」
これで全てが、無事に片付いた。シリルとフェリシアは内心、一気に肩の力が抜けた。
しかしここで、最後の雄叫びを上げるものが居た。
「なんで………………なんで!!なんでなんでなんで!!!!!」
テオドールだ。半狂乱の様相で、ヴィルヘルムに取り押さえられている。シリルは冷たく言い放った。
「何故、だって……?自分の胸に聞いてみろ」
「おかしいだろ!!どうして、お前ばっかり…………いつも!!いつもいつもいつも!!!!!!」
国王も、最早テオドールの目を見もせず、冷たく言った。
「その者を牢に連れて行け。ただの罪人だ」
「はっ」
「いやだ…………いやだ!!いやだ!!!!」
テオドールは数人の騎士に拘束され、ずるずると会場を出ていった。目は血走り、声は枯れ、あまりにも異常な様子だった。
国王が最後に大きな声を出し、貴族をまとめた。
「王太子テオドールに与した者にも、追って沙汰が下される。その心積もりでいるように!では、今夜の夜会はこれを持って解散とする!!」
波乱の夜会は、このようにして決着したのである。




