5-3 クーデターの始まり
一同が裏で暗躍している頃、シリルとフェリシアは表で夜会に出席していた。予定時刻までは、まるで何事もないかのように振る舞い、テオドールを油断させなければならない。
フェリシアの今日のドレスは桜の花をイメージしたものだ。少しずつピンク色の濃さが違うフリルが、幾重にもなって重なっており、花びらのように見える。上のビスチェはコンパクトで、白い絹糸で刺繍が施されている。全体的に甘くなりすぎないように、微調整を重ねた。
ネックレスとピアスは大振りのアクアマリンが嵌められたもので、シリルの婚約者に相応しい装いだ。
桜色の髪は結い上げ、大小の白い生花で飾られていた。
王子の正装に身を包んだシリルが、嬉しそうに言った。
「シア。君は『桜の花の妖精』って貴族男性に呼ばれているのを知ってる?」
「ええ?知らなかったわ……私はそんなに目立つ容姿じゃないし……」
「何言ってるんだか。カロリーナにも負けてないよ。今日のシアはこの会場で一番輝いてる。まさに、桜の花の妖精だ」
周囲を見るようシリルに促される。それに従って目線をずらすと、大勢の視線が自分に突き刺さっているのを感じた。しかも、特に攻撃的なものではない。素直に称賛するような視線である。
「シリルのパートナーとして、認めてもらえたみたいで良かったわ……」
「俺のパートナーは、後にも先にも君しかいないよ」
シリルはアクアマリンの目を細めて、真っ直ぐにフェリシアを見ながら言った。
さて、最初に挨拶に来たのは、ノイラート公マティスだ。
シリル派閥も、今日は隠れずに堂々と動くことになっている。支持が多いことを、今日はわざと貴族たちに知らしめるのだ。
「シリル殿下。良い夜ですね」
「マティス卿。常日頃からの働きに感謝します」
「私の忠誠は、殿下に捧げていますので」
はっきりとした意思表示に、周囲の貴族たちが耳をそばだてているのが分かる。
三大公爵の一角が、公の場で指示を表明したことは大きい。
しばらく歓談した後、マティスは夫人と一緒に去っていった。アンネリーゼの姿はまだ見えない。まだ、裏でヴィルヘルムたちと協働しているはずだ。
間を開けずやってきたのは、トラウトマン公ノルベルトだった。
彼は夫人をエスコートし、後ろには息子である騎士ネルケがぴったりと付いていた。
「シリル殿下。ご健勝そうで何よりです」
「これはノルベルト卿。このような場でお会いできて光栄です」
「シリル殿下の政治的手腕は、大変素晴らしい。私も日頃からとても助けられています」
「足を引っ張っていなければ、良いのですが」
「とんでもない。我がトラウトマン家は、最後まで殿下についていきますよ。ですから、よろしくお願いいたします」
貴族たちのざわめきは、これで一気に大きくなった。
一度の夜会で、三大公爵家のうち二家がシリル派閥についたことを明言したのだ。大変なことである。
水面下で既に仲間になっている家は特に驚かないだろうが、王太子派閥の家の多くは、寝耳に水だろう。
それからも有力な家が次々とシリルに挨拶をし、忠誠を誓っていった。夜会は既に大荒れの様相を呈している。
離れていたところにいるテオドールとカロリーナは、憎々しげな目でこちらを睨みつけていた。今回の周はこちらが先手を取った形だ。
しかし、彼らがこちらに直接来る隙を与えない。シリルは上手いタイミングで挨拶を打ち切り、フェリシアとダンスを始めた。
お互い身を寄せ合いながら、ひそひそと囁き合う。
「見て。ヴィルヘルムとアンネリーゼが来ている」
「あの位置にいると言うことは、うまくいったのね」
「クリストフとハンナもいる。皆が定位置に移動し始めた」
二人もダンスのステップを踏みながら、予め打ち合わせした場所へと移動していく。決して不自然にならないよう、細心の注意を払いながら。
やがて、予定時刻ぴったりになった。その途端、会場の様相が変わった。
テオドール派の騎士たちを、シリル派の騎士たちが一気に拘束していく。
事情を知らない貴族たちは次々に悲鳴を上げ、会場の音楽が止んだ。空気が一変する。
一歩前に進んだヴィルヘルムが、大きく響く声で叫んだ。
「私、ヴィルヘルム・アレキサンダーはここに、クーデターを起こすことを宣言する!!」
貴族たちはドッとどよめき、ヴィルヘルムに注目が集まった。
「王太子テオドールはその政務を怠っているにも関わらず、軍事力で民を抑え付け、政治実権の掌握を行っている!腐敗した、無能の王太子め。貴様にはここで、死んでもらう!!」
ヴィルヘルムの声には演技ではない、本当の憎しみが込められていた。
とうとう、クーデターの始まりである。




