4-9 変化していく国
三度目の春が近づいている。
貴族たちの間では、ある噂がまことしやかに囁かれるようになった。国王の意識がほとんどなくなり、危篤状態に陥っていると言うものだ。
出どころは大方テオドールだろう。その真偽は不明だ。
現在ダークが命懸けで、国王の居所とその状態を探ってくれている。
テオドールの増長はさらに悪化していた。
政務を全くやっていない癖に、まるで国王としての実権を握っているかのように振る舞っている。
貴族の派閥は真っ二つに割れ、騎士団も分断された状態だ。長くは持たない。もはや猶予はない。
シリルたちはクーデターの計画を練り、水面下で計画を少しずつ開始していた。
「クーデターを起こすと、テオドールはすかさず直接攻撃をしてくる。こちらの陣営を悪と断罪できる、隙を与えてしまうことになるからね。そこを乗り越えるのが、一番の課題だな……」
シリルが一番の懸念事項を話す。毎日のように議論している点だった。ヴィルヘルムは少し考えてから、ある提案をしてきた。
「表向き、クーデターを主導しているのは騎士団ということにしましょう。シリル殿下は、それを収めてみせるという形にするのです」
「……ダミークーデターにすると言うことか?それでは、騎士団の矜持に傷をつけてしまうよ」
シリルは大きく首を振った。しかしヴィルヘルムは譲らない。
「そうすれば、殿下を直接攻撃する理由を与えなくて済みます」
「しかし……」
「殿下。我々が一番大切に思っているのは矜持ではなく、主君の命です。こちらの陣営についた騎士たちは、皆その気持ちで動いています」
ヴィルヘルムの言葉は真っ直ぐだ。周囲に座っている騎士たちも、皆が力強く頷く。シリルはとうとう折れた。
「……分かったよ。君たちの情熱に負けた。でも政権を取った後は、できる限りフォローするからね」
こうして、今回のクーデターの方向性が決まった。
筋書きはこうだ。テオドールの暴虐に耐えかねた騎士団が、独断でクーデターを起こす。
貴族たちの目の前で、シリルがそれを収めてみせる。
騎士団はテオドールが王位継承権を放棄することを条件に、矛を収めるのだ。
「シリル様。国王の居場所が分かりました」
そのまま打ち合わせを進めていると、天井裏からダークが降りて来た。
「ダーク、ありがとう。国王は生きていたのか?」
「はい。病は回復し、立って話せる状態のようです。ですが、テオドール様に軟禁されています」
「やはりそうか……いくら兄上でも、王殺しまではさすがに犯せないか」
フェリシアも横で頷いた。
「もし王を殺してしまったら、大罪だもの。万が一明らかになった時に、自分が死刑になるようなことはしないわ……」
「兄上はその狡賢さが、厄介なんだよな」
「場所は西の古塔です。普段は騎士団長のベルトが見張っており、ほとんど隙がありません」
「場所まで特定できたのか!ダーク、すごいよ」
「いえ……」
ダークは無表情ながらも、誇らしげだ。あとで沢山労わなければと、フェリシアは思った。
ヴィルヘルムが言う。
「王を軟禁しているだけでも、十分罪に問えます。あちらを攻撃する材料になる」
「そうだね。そのためには国王本人を助け出すのが、一番手っ取り早いな。本人に証言してもらうんだ」
「それに同意します。ですが、今は隙がありません。クーデター当日……夜会の裏で救出を試みるのはどうでしょうか」
ダークが提案する。シリルも頷いた。
「うん。こちらの隙を減らすためにも……作戦を練っておいて、一斉にかかる方が良いだろう。別働部隊を作ろう」
こうして、四月初めの大夜会の裏で作戦を動かすことが決まった。
騎士団主導のダミークーデター作戦と、国王の救出作戦である。
♦︎♢♦︎
「ココ。Kー1地点に一人いるわ」
「了解。≪鷹の目≫」
ルイーザが索敵し、ココがすぐに弓矢を放つ。すぐに大きなものが落ちる音がした。一撃で討ち取ったらしい。
「最近、こちらを探る動きが随分活発ね……」
「ルイーザはずっと索敵しているけど、大丈夫?」
フェリシアとシリルが思案げな顔で言った。ルイーザとココは、二人で組んでずっと働き続けている。
「私は全然大丈夫です。索敵自体には、そんなに魔力を使いません。ココが確実に討ち取ってくれるから、頼もしいわ」
「ルイーザの索敵が正確だから助かってます」
二人は笑い合う。一緒に動くうちに、随分親しくなったようだ。お互い信頼し合っていて、かなり良い雰囲気に見える。
一方のクリストフが、仕事する手を全く止めずに言った。
「俺の≪防音結界≫があるから、向こうはかなり焦ってるんでしょうね」
「向こうの手のものにも全く怯まず仕事をされる、その姿勢……素敵だわ……」
隣のハンナも手を休めずに、ぶつぶつ呟いてうっとりしている。二人とも過労気味だ。
しかし、暗殺者や密偵が来るのが日常風景になっている状態は、正直どうなのだろうか。
「シリル様〜!!新しい小麦ちゃんができましたぁ!!」
ドアがバーンと開き、植物学者マグダレーネが入って来た。手にはまた数本の小麦を握りしめている。
「マグダレーネ!」
「今回の子は優秀ですよぉ。実りはまあまあなんですけど、寒さにとても強いですぅ。そしてぇ!!味がとっても美味しいです!パンの味見をどうぞぉ!!」
シリルとフェリシアは受け取ったパンの欠片を試食した。二人で顔を見合わせる。
「美味しいね!」
「この冬はシリル種とライカ芋でなんとか凌いだけど……この新しい小麦があれば、食の質がかなり上がりそうね」
冷害は未だ続いている。しかし、幸いまだ飢饉には至っていなかった。
国民はひもじい思いをしているが、新種の小麦でそれも改善されるだろう。
マグダレーネはうきうきした様子で言った。
「この子には、フェリシア種ちゃんと名付けたいですっ!!」
「いいね!」
「えっ。嬉しいけど、私の名前で良いの?」
シリルとマグダレーネは、揃って首を傾げた。
「良いに決まってるよ」
「フェリシア様、もう国民からかなり慕われてますよぉ?自覚ないんです?」
「ええ?そんな自覚ないわ……」
確かに現地視察はいつもシリルと一緒に行くし、何か災害があった時も駆けつけている。そういうことの成果が出始めているんだろうか。
「シアは国母になるんだよ?だからもう少し自信を持っても良いと思う」
「はい……」
シリルに言われ、少し赤くなってしまう。
彼は最近、未来の話も楽しげにするようになった。『繰り返し』に封じ込められていた彼が、未来に希望を持っているのだ。フェリシアは、自分も胸を張っていかなければと決意を新たにした。
「もうすぐだものね。私も堂々とするわ」
「頑張りすぎなくて良いから、程々にね?」
春の最初の大夜会まで、あと一ヶ月を切っていた。




