4-5 新たな仲間
アンネリーゼを助けるタイミングは、本当に間一髪だったようだ。衣服が所々大きく破れていたので、すぐにフェリシアの持っている服に着替えてもらった。それから医師の診察を受けさせたが、幸い彼女の健康状態には別状がなかった。
アンネリーゼはこれから、しばらく王宮で保護することになった。公爵家の私兵の中に、他に裏切り者がいないか、もう一度徹底的に洗い直すとマティスは言っていた。
その夜、回復したシリル、フェリシアとヴィルヘルムは執務室のソファーに座って話し込んでいた。ヴィルヘルムの怪我も、≪再生≫での治療が終わっている。
ヴィルヘルムはシリルに対して頭を下げてから、苦々しい表情で言った。
「馳せ参じるのが遅くなってしまい、シリル殿下には本当に申し訳なく思っています……。実は以前から、貴方の味方につきたいと考え、こちらが信頼できる騎士を密かに集めていたのです。しかし、それに予想外に時間がかかってしまいました……」
「仕方がないよ。団長は≪読心術≫《グラスピングマインド》の使い手だ。その中で叛逆を起こすのは、相当な苦労だっただろう。ありがとう」
「シリル殿下…………そう言っていただき、ありがとうございます」
ヴィルヘルムは再び頭を下げた。
味方となってくれる騎士たちは全員が集められ、既に西棟の、シリルのテリトリーで保護し終わっている。今の騎士団はまさしく、真っ二つに別れた状態である。
ヴィルヘルムは切れ長の赤い目を細め、苦し気な表情で言った。
「騎士団と王太子の癒着は、あまりにも酷い。あれは軍の私物化による、恐怖政治です。しかも今日の…………非力な令嬢を襲う、あまりにも残忍な計画…………。絶対に、許せません…………!!」
「そうだね。俺も、心からそう思うよ。テオドールに、政権を握らせていてはいけない……」
シリルは静かにそう言い、続けて厳かにヴィルヘルムへ告げた。
「俺はクーデターを起こし、政権を取ろうと思っている。タイミングは、約三ヶ月後。次の社交シーズンの始まりに起こす」
「……!わかりました。それでは私は今後、シリル殿下に剣を捧げます。何があっても、最期まで違えません」
「ありがとう。これから宜しく頼むよ」
「必ずや、お力になります」
二人は、固く握手を交わした。
ようやく、シリル陣営に騎士団の味方がついたのである。それも一気に、大勢だ。
少しして、シリルは息を吐き出しながら言った。
「それにしても今日は、危なかった。アンネリーゼを助けられて、本当に良かったね……。何かあってからでは、あまりにも遅すぎる……」
「はい……」
シリルが話しかけると、ヴィルヘルムは俯いた。彼の黒い髪がさらりと落ちる。
そんな彼に対し、シリルは穏やかに微笑みながら続けた。
「ヴィルヘルム、君は……アンネリーゼのことを、想っているんだろう?」
「……!何故、貴方様がそれを……!?」
ヴィルヘルムは驚愕している。これにはフェリシアもびっくりした。それでは、ヴィルヘルムとアンネリーゼの二人は両想いだと言うことになる。
「俺は、何でも知ってるんだよ?」
「そう……なのですね」
ヴィルヘルムは呆気に取られている。シリルは茶目っ気たっぷりに笑って見せた。
「……って言うのは、冗談。詳しい理由は、今から話すよ。少し長くなるけど、聞いてくれるかい?」
シリルはそこから早速、『繰り返し』の話をヴィルヘルムにしたのだった。
♦︎♢♦︎
「まさかヴィルヘルムが、アンネリーゼを想っていたなんて……。シリルは、二人が両想いであることを知っていたのね?」
「うん……。でも、これまでの周回で二人が結ばれたことは、一度もなかった……」
「そんな…………!」
シリルが苦し気な顔をして言い、フェリシアもショックを受けた。
「そもそも、激しい戦いの中で、ヴィルヘルム自身が命を落とすことが多かった。あとは、アンネリーゼが別の人と婚約させられたり…………二人が思いを通じ合わせた時もあったけど、結局は引き裂かれてしまったんだ。その運命もまた、どうしても変えられなかった」
「そうなのね…………」
「だから俺は、今回の周では……あの二人の幸せも、心から願っている。できる助力は何でもするつもりだ。愛し合う人と一緒に居られないのは、本当に……とても、辛いことだから…………」
眉根を寄せたシリルの頬を優しく包み、フェリシアはそっとキスをした。勇気づけるように微笑んで言う。
「今は、私が一緒に居るわ」
「うん……そうだね」
「今回の周では皆が幸せになると良いわね……。そのために頑張りましょう。一人も欠けることがないと良いわ」
「俺も、心から、そう思うよ……」
シリルが切ない声を絞り出す。
フェリシアはシリルの頭を胸に抱き、そのさらりとした金の髪を、いつまでもずつと撫でていたのだった。




