3-4 薄幸令嬢、死す
シリルとフェリシアの前に進み出てきたテオドールは、美しいカロリーナを侍らせていた。
テオドールはまとまりつくような、低い声で歌うように言った。
「久しいな、弟よ。もういい加減、兄弟喧嘩はもうやめようじゃないか?」
「兄上と、喧嘩をしたつもりはないのですが……」
「白々しいな。まあ良い。これは、仲直りの杯だよ?」
テオドールは、一杯のシャンパンをシリルに勧めてきた。
「俺は…………」
「何、毒味なら俺自身がして見せよう。ほら」
テオドールはグラスのシャンパンを、しっかりと一口飲んで見せた。
しかし、白々しいのは向こうである。彼は毒味をした後に、魔法で作った毒を注入したのに違いない。
シリルの≪再生≫では――――毒殺は、防げない。
「どうした、弟よ。この仲直りの杯を拒否すれば、俺に敵対するとみなして……このまま、武力で鎮圧するぞ?」
テオドールの後ろには、無数の騎士たちが並んでいた。シリルは、騎士団の掌握を全然進められていないのだ。
向こうに先手を取られた以上、これは圧倒的なピンチである。
フェリシアの脳内には、 ≪未来察知≫により、幾通りもの未来が一瞬にして流れ込んできた。
杯を拒否すれば、一斉に攻撃され、どうしたってこの場で誰かが殺される。
杯を飲めば、シリルが死んでしまう。
この場にいない、ルーチェの≪運命拒否≫は間に合わない。あの魔法では、死んだ者を蘇生することはできない。
どうする。
どうすれば良い。
フェリシアは必死に助かる未来を捜索した。
「飲まないのか?ああ。弟よ……。残念だなぁ……」
そう言ったテオドールが、攻撃の合図の手を挙げようとした瞬間である。
フェリシアは、たった一筋の突破口見つけだした。思うままに叫ぶ。
「私とシリル様は一心同体!であれば、これは私がいただきます!」
フェリシアはシリルからあっという間に毒杯を奪い、一息に飲み干した。
フェリシアは一瞬にして痙攣し、大きく血を吐いて倒れた。
「シア…………?……シア…………!!」
青白くなったシリルが叫んで、抱き止める。彼は呆然としていた。一方でテオドールは、大声で笑い出したようだ。
しかし、その瞬間である。
ディルカ族の老婆に手渡された祝福の鏡が、発動したのがフェリシアにはわかった。
この鏡は『フェリシアを殺す魔法』を無効化するもの。
この毒はテオドールの魔法で生成されたものなので、無効化されたのだ。
最初の一瞬の身体へのダメージが、少し残ってしまったらしく、今はぴくりとも動けないが……問題ない。
フェリシアの見ている未来では、彼女は一命を取り留め、助かっていた。
むしろ、第二王子と侯爵令嬢を毒殺しようとしたとして、テオドールを罪に問い、追い詰めることができるはずだ。
「シア…………!!シア!!死なないで!!」
シリルは大粒の涙をこぼして、フェリシアに縋っている。
大丈夫なのだと伝えたいが、まだ呂律が回らず返事ができなかった。
――私の命に別状はないと、伝えられたら良いのに……。
悲しませてごめんね、シリル。
少しの辛抱だよ。
しかし。フェリシアがそう思っていると、シリルの様子が突然おかしくなった。
シリルは壊れた人形のように、唐突にその顔から一切の表情を失い……光を失った、死んだような目で言った。
「対象を俺以外に設定。…………≪再生≫。≪再生≫。≪再生≫…………」
周囲の時間が奇妙に動いていく。これはまるで……勢いよく、逆再生されているようだ。
フェリシアはこの時、祝福の鏡がもう一度発動したことを知った。鏡が無効化した魔法は、シリルの魔法だ。
そんなフェリシアの様子の異常に気付き、シリルがパニックになって叫んだ。
「シア…………?な、何故…………?何故、君の時間が巻き戻らない…………!?」
シリルの取り乱し方は、先程フェリシアが毒杯を賜った時よりも激しかった。
フェリシアはやっと少しだけ動かせるようになった手を、震わせながら何とか動かし、シリルへと伸ばした。
「シア…………?シア…………!!」
「私は…………大丈夫、よ………………助かった、の……」
「助かった、だって……!?ああ、シア…………!!」
シリルは目を見開いた後、子供のように泣きじゃくりながらフェリシアに縋り付いた。
ようやく少し、言葉が話せそうだ。フェリシアは、シリルのアクアマリンの瞳をじっと見つめて、大切なことを問うた。
「シリル……貴方…………、一体…………何度目、なの…………?」




