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3-2 エクセル君助手を得る

この国には公爵家が三つ存在し、三代公爵家と呼ばれ、権勢を誇っている。


そのうちの一角である、ノイラート家は完全にシリルの下についた。

そしてもう一角、ティリッヒ家は騎士団長ベルトが当主だ。こちらは完全な王太子派である。

最後に、未だ中立を保っているのが、残る一角のトラウトマン家。当主ノルベルトは宰相をしており、非常に侮りがたい人物である。


さて、そんなトラウトマン公爵から、シリルに手紙で接触があった。ノルベルトが、とある強力な戦力を送るという提案をしてきたのである。これをシリルは歓迎した。


「父から紹介され、今日からシリル殿下の補佐をさせて頂くことになりました!ハンナ・トラウトマンと申します!!宜しくお願いします!!」


そう、強力な戦力とは彼女のことだった。トラウトマン家の兄弟たちとは歳の離れた、末娘にして秘蔵っ子、非常に優秀な文官であるハンナ・トラウトマンだ。


「宜しく、ハンナ。歓迎するよ。君は非常に優秀だと聞いている」

「少しでも殿下のお役に立てれば良いのですが。頑張りますわ!」

 

ハンナは新緑の髪をきっちり結い上げ、ノンフレームの眼鏡をかけている。いかにもキビキビした女性だ。彼女はその金色の目をきりりとさせていた。

しかし……とある人物が話しかけると、彼女の凜とした雰囲気は激変した。


「ハンナ様。クリストフ・ショーンと申します。同じくシリル殿下の補佐をしています。宜しくお願い致します」

「ククククク、クリストフ様っ!!おっおお、お話するのは、初めましてっですわね!?」


ハンナは突然、ぷしゅうと音が出そうなほど顔を真っ赤に染め上げ、ぶるぶる震える手でクリストフの手を恐々と握った。まるで、推しのアイドルを目の前にしたファンである。


「わっわわ私っ!学生時代にっ、クリストフ様の書かれた論文を読んでっ感動してっ!!ご活躍もっ!色々なところで耳にしておりましてっ!!あああっあの………………ずっと!応援しておりましたああ!!!」

「はあ……ありがとうございます」


クリストフはその茶色の目を怪訝そうにしながら、彼女に応じた。さっぱり彼女の意図がわからない様子だ。だからモテないのだろう。彼が雑に束ねた金髪は、今日ももっさりとしていた。


――これはまた、わかりやすい片想いね……。


フェリシアは、ハンナに同情した。クリストフは子爵家の次男である。身分差で言えば、アンネリーゼの恋よりも、更に茨の道と言えよう。

 

気を取り直したシリルが、ハンナに話しかけた。

  

「ハンナは実務ももちろんだけど、魔法もとても優秀だと聞いているよ」

「あ、はい。私の魔法は≪瞬時記録≫(ショートハンド)≪脳内伝達≫(チューニング)ですわ。どんな文字や数字でも一眼で全て記憶できます。また、知っている人物となら誰でも脳内テレパスで双方向会話が可能ですの」

「すごいわ、クリストフの強力な助手になりそうね」

「ははっははいっ頑張りますわ!!!」

「それは頼もしいです!」


シリルは微笑みながら言った。


「エクセル君もついに助手を得たんだね……感慨深いよ」

「シリル様、そのよく分からないあだ名、まだ諦めてなかったんですか。普段は普通に、クリストフって呼んでいる癖に」

「ゴホン。とにかく、俺としてはハンナの≪脳内伝達≫(チューニング)を重視しているんだ」


この言葉に、ハンナは首を傾げた。

 

「そうなのですか?現在、実務ではあまり使っていませんが……」

「勿体ないよ。これを機に、君を中心とした文官たちへの指令伝達系統をつくりたい。省内を改革したいんだ」

「えっ!それって、すごく大変なんじゃあ…………」

「大変だが、やる価値は大きい。このプロジェクトのリーダーをクリストフに、その補佐をハンナに任命する」

「よっよよ!喜んでやらせていただきますわあ!!」

「げっ!また仕事が増えた…………!?」

  

クリストフは青褪めているが、フェリシアは成程と思った。

現在の省内の指令・伝達は複雑で無駄が多い。国王が臥せった後は特に混乱があったのでなおさらだ。

しかし、政務のほとんどがシリルに回ってきている今の状態なら、そこの改善に着手する良いタイミングだろう。ハンナの優秀な魔法を活用すれば、素晴らしいシステムができるに違いなかった。


「心配するな。クリストフが持っている仕事の一部は、ココ、君に任せる。君もかなり成長してきたからね」

「シリル様……!俺、頑張ります!」

「俺も頑張ります」

「私もっ」


ココ、ダーク、ルーチェの三人が目をキラキラさせて言った。この三人は揃ってとてもピュアである。


このようにして、トラウトマン公爵は表向き中立派を貫いているものの、実質的にはシリル政権を本格的に支え始めた。今まで積み重ねてきた、シリルの努力が認められた形であった。



♦︎♢♦︎



「うん、芋の試験栽培も順調だね。これなら国内ほとんどで効率よく生育できそうだ。強い品種で良かったよ」


植物学者マグダレーネの研究結果を見ながらシリルが言った。


「このライカ芋ちゃんは、食糧問題に改革を起こしますよぉ!素晴らしい子ですぅ!!」

「もう栽培補助の法案準備は整っているから、あとは国内での輪作を推奨していくだけね」

「ああ。この冬はやはり去年に比べて気温が低かった。来年は本格的な冷害になるだろう」


季節はもう二月の終わりを迎えていた。シリルとフェリシアが出会ってから、ほぼ一年の年月が流れたことになる。思い返せば怒涛の日々だった。


「実際、今年の小麦収穫量は、やや減ってとこですねぇ。過去のデータを参照してもぉ、来年から冷害が始まるのはほぼ確定といって良いでしょうねぇ。冷害に強い品種の交配も進めていますが、実がすかすかになってしまうことが多くてぇ……少ーしだけ、光明は見えてきたところなんですけどねぇ」

「冷害は、きっと数年に及ぶだろう。来年に間に合わなくても良い。諦めずに品種改良を進めてほしい」

「了解ですぅ!頑張りますっ!」


マグダレーネは生き生きとしている。楽しそうだ。


やや強硬的に小麦の備蓄を進めていることで、既に一部貴族からは反発が出ている。ノイラート公マティスがその人身掌握術で、なんとか反発を収めている状態だ。

彼は今も積極的に、第二王子派閥をまとめ上げてくれていた。


「シア。小麦の備蓄を進めるため、来年は更に貴族の反発が予想される。次の社交シーズンが勝負だよ」

「ええ。一緒に頑張るわ」


シリルの大きな手をぎゅっと握った。

大丈夫、私は絶対に貴方の味方だから――――そんな思いを込めてみる。

二人にとって二度目の社交シーズンの開始は、四月から。それはもう目前に迫っていた。

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