2-7 祝福の鏡
一ヶ月後。
シリルとフェリシア、ダークとルーチェの四人は、ディルカ族の宴に呼ばれていた。瓦礫の撤去や家の再築が順調に進み、また暮らせる目処が立ったとのことである。そこで、高台にある族長の家の前の広場において、感謝の宴が開かれたのだ。
「すごいダンスだ!本物の火の鳥みたい!俺も踊りたい!」
「ダメよシリル!あんなに火を使ったら、火傷しちゃうわ!!」
二人は大盛り上がりしながら、ディルカ族伝統のダンスに見入っていた。手元には見たこともないような、風変わりなご馳走が沢山並んでいる。どれも食べたことのない味で、大変美味だった。
言葉数が少ないダークとルーチェもキラキラと目を輝かせて踊りを見ながら、ご馳走に舌鼓を打っている。可愛い。それに、全員の頭に歓迎の印の花冠が飾られていて、とても華やかだ。
「あ〜、俺、酔って来たかも……」
しばらくすると、くったりしたシリルがフェリシアの肩に頭を寄せて、甘えて来た。彼はもう十八歳。この世界では、お酒が飲める年齢なのだ。
「大丈夫?結構、強いお酒だったんじゃない?」
「なんか、すごい飲みやすくて〜…………いっぱい飲んじゃった…………」
シリルはそのまま、フェリシアの両頬をふんわりと優しく包んで、とろけるような笑顔で言った。
「シアは…………本っ当〜〜に、可愛いねえ…………」
「も、もう。酔っ払ってるんでしょ、シリル」
「いや、本気だよ。シアが、世界一可愛い。宇宙一、可愛い。ふああ〜…………」
シリルは大きなあくびをして、沢山置いてあるクッションの一つに寄りかかった。どうやら、そのまま寝てしまったようだ。
フェリシアは一人、ドキドキと高鳴る心臓を押さえていた。酔っぱらい相手に馬鹿みたいだ。
すると族長のサンが老婆を連れて、こちらにやって来た。
「サン族長。すみません。シリルは酔って寝てしまって…………」
「ははは。良いんですよ。楽しんでもらえてよかった。今日は宿泊してもらいますから、寝てしまって大丈夫です。それより、彼女はうちの一族の長老なのですが……どうやら、フェリシア様に用があるとのことで」
「え、私にですか?」
「そうですじゃ。王子が居ないのならば、逆に好都合。向こうで少し、この年寄りの話を聞いてくださいですじゃ」
「わかりました」
踊りに見入っていたダークがピクリと反応し、すぐにフェリシアに言った。
「シリル様のことは俺が守っています。大丈夫です」
「じゃあ、私はちょっと席を外すわね?」
ダークは本当にしっかりしていて良い子だ。フェリシアは寝こけたシリルから手を離して、長老に付いていった。
♦︎♢♦︎
長老の家はなんというか……摩訶不思議の一言に尽きた。円形になっており、中の一面が夜空のような紫に塗られている。そこに、金の絵の具で壁にびっしりと、様々な紋様が描かれているのだ。例えるならば、前世の本格的な占い小屋のような雰囲気だった。しかも中央のテーブルには、大きな水晶玉がある。
「儂の家が無事で、お招きできて良かったですじゃ。フェリシア様、そこに座ってくだされ」
「はい」
言われた通り座る。水晶玉の目の前だ。
「儂は真実を見通す魔法、≪真実眼≫を持っていますじゃ。フェリシア様を呼ばせてもらったのは……お主の因果の巡りが、あまりにも異常だったからですじゃ」
「因果の、巡り…………?」
「お主を中心に、無数の因果が巡っている。そのせいで、お主は悲しく危険な運命に囚われ、抜け出せなくなっている……そう見えますのじゃ」
「…………」
フェリシアは何だか、シリルの秘密に迫っているような気がした。
無数の因果。逃れられない運命……。
不穏な単語が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「貴女がこの運命を打破するには、世界の調律を打ち破る物が必要と見えますのじゃ」
「調律を、打ち破る物…………?そんな物、あるんでしょうか?」
「実は、ここにありますのじゃ」
老婆は、部屋の壁に無数にある引き出しの一つを開け、ゆっくりとした動作であるものを取り出した。
それは小さな鏡だった。
「この鏡は、祝福の鏡。この世界で人間に授けられる魔法と同じで、二つの祝福が宿っていますのじゃ」
「二つの祝福?」
「この鏡は、『貴女を殺す魔法』を、二回跳ね返すことができるのですじゃ…………」
「す、すごい……!そんなもの、私がいただいて良いのですか?」
「良い。この鏡はいずれお主に渡る運命だったのじゃ。儂にはわかる」
鏡をゆっくりと手渡された。片手に収まる小さなサイズだ。丸い形をしていて、裏に複雑怪奇な紋様が描かれていた。
「それを肌身離さず持っておくこと。そして、身の回りの誰にも……最も近しいものにも、この鏡を持っていることは打ち明けないこと」
「……シリルにも内緒にする、ということですね?」
「それが肝要ですじゃ。近しき者ほど、お主の因果の巡りに深く関わっている可能性が高い」
「分かりました。肝に銘じておきます」
老婆はフェリシアの頭をゆっくりと撫でた。少しかさついているが、優しく温かい手だった。
「魔法が発動した時は、お主には分かるはず。その時が運命の分かれ道じゃ。くれぐれも注意せよ」
「はい」
「お主は、ディルカ族の恩人……。どうかお主が危険な運命を打破し、幸せになることを祈りますのじゃ」
「ありがとう、ございます…………」
フェリシアは鏡を胸元のポケットにしまい、無くさないようにした。夜会など、どんな服を着る場面でも、肌身離さず持っていようと思う。
そうして老婆と少し話をしてからフェリシアが戻ると、シリルは相変わらず無防備に眠っていた。子供みたいにあどけない顔だ。
つんつんとその頬をつついて、フェリシアは小さく言った。
「シリル。貴方は一体、何を隠しているの……?ねえ、いつか、教えてくれる?」
シリルは目を覚まさない。可愛い寝顔を見つめながら、フェリシアはやっぱりこの人が好きだと、再確認した。
自分の身を、顧みないシリル。
人を助けることばかり、考えているシリル。
フェリシアにだけは、少し甘えてくれるシリル。
彼のことを、もっと知りたい。
例え老婆の言うように、自分に危険な運命があろうとも……この人の一番傍で、この人を支えたいと思うのだった。




