2-6 少数部族の危機
「森から出る道が、全て水没しているな……中で孤立しているんだろう。グレタ、まだ水流変化の魔法を使える余力はあるか」
「あります!私、魔力量だけは多いので!」
「森から水を排水するように動かしてくれ。難しいと思うが、頼む」
グレタが魔法を使い、水がふわりと浮かび上がって別の場所へ流れていく。やがて森へつながる細い道は、人が通れる程度になった。
「おーい、大丈夫ですか!」
「助けに来ました!返事をしてください!!」
大人数で行っては警戒されそうなので、水のことは水害チームに任せて、シリル、フェリシア、ダーク、ルーチェの四人だけで森へ分け入った。
「殿下、囲まれています!木の上に弓兵が多数!」
ダークが鋭く言う。やはり、相当警戒されているようだ。シリルは決死の説得をした。
「俺はこの国の第二王子、シリル・ブランシャールです!貴方たちも、俺の大切な国民だ!命の危険があるので、助けに来ました!!対話に応じてくれ、お願いだ!!」
第二王子と聞いて、ざわめく声が聞こえる。間も無く、一人の男が進み出て来た。
「ディルカ族の族長、サン・ディルカと申します。本物の第二王子殿下とお見受けしました」
「そうです。貴方たちを助けに来ました」
「弓を向けてしまい申し訳ない。皆、気が立っているのです。雨で住居が水没し、村の真ん中で女子供が皆孤立しています……。助けることはできますか?」
「できます。こちらは場所と場所を接続する魔法が使える。そして公爵邸の近くには、仮設住宅がある。まだ空きがあるので、水が引くまでそこに入居して欲しい。必要な物資はこちらで補給します」
木の上で、ザワザワと人々がざわめく。族長のサンは手をすっと上げてそれを黙らせ、シリルに言った。
「その隙を利用して、我ら民族が森を奪われるのではと……皆心配しております」
「そんなことをするために、俺はここに来ているのではない!!」
シリルは珍しく怒声を上げた。王族の圧倒的なオーラを放ち、ビリビリと空気が揺れた。
「国民を守るために来たと言っている!もう一度言う、貴方たちも、俺の大切な国民だ!!」
「……!!」
「ディルカ族の自治区は、俺の信頼する騎士たちが守る。弾圧などしないと、矜持にかけて約束する。頼むから助けさせてくれ!」
「……わかり、ました。大変失礼を申し上げました…………!!」
シリルの覇気に押され、族長サンは頭を下げた。木の上に潜んでいた弓兵たちも次々と姿を現し、跪いた。
「女子供が孤立している場所に案内してくれ!まずは高台に避難させる!」
「はっ!!」
速やかに案内が為された。水の量が比較的少ない道を通っていくと、村全体が水没して、池のようになっていた。真ん中にある高台の上の家だけが、ぽっかりと残されている。あそこに多くの人が孤立しているのだ。このまま雨が続けば、あそこも危険だろう。
「ダーク、あそこに空間を繋げられるか?」
「見える場所なら大丈夫です。やります!≪空間接続≫!!」
ブゥン、と音が鳴り空間が接続された。シリルが声をかける。
「俺だけ言っても怖がらせるだけだ。サン族長が先行して、皆に事情を説明してください」
「分かりました」
サンがまず入り、シリルたちがそれに続いた。高台の家の中では女子供が団子のようにまとまって、震えていた。
「皆、第二王子殿下が助けにきてくれた!高台に避難するぞ!」
「お、王子……?」
「どうして?」
困惑の声が多い。シリルはよく通る声で言った。
「ディルカ族の者たちも、俺の大切な国民だからだ!助けたいので、指示に従って欲しい!」
サンが先導すると、彼らはすぐに従った。ダークが繋げた空間を通じて、高台に避難していく。避難が終わる頃には、水は大人の太腿辺りまで上がって来ており、かなり危ない状況だったと言える。
「公爵には俺が話を通すので、この高台で雨を凌いだら、仮設住宅へと入って欲しい。その間、森は必ず守ると約束する」
「わかりました。我々のために、そこまで動いてくださる王族の方がいるとは思わず……失礼な態度を取ってしまい。大変申し訳ありませんでした」
「いや、そんな風に不信感を抱かせて来たのは、今までの王族たちだ。仕方のないことだ」
「殿下…………」
「俺からも礼を言わせてください!!」
精悍な顔つきをした若者が、勢いよく進み出て来た。褐色の肌に白い髪。美しい黒曜石の瞳。背もかなり高い。非常にオーラのある人物だった。
「次期族長のココ・ディルカと申します。私たちディルカ族に救いの手を差し伸べていただき、誠にありがとうございます!」
「第二王子のシリル・ブランシャールだ。救助が間に合ってよかった」
二人は固く握手を交わした。ココは人好きのする笑顔で、にかっと笑って言った。
「なんて面白い王子様なんだ!俺は決めました!貴方の元で働いて、政治を学ばせてください!」
「えっ」
「お願いします!尊敬できる師匠を探していたんです!!」
「まあ、うちは猫の手も借りたい状態だから良いが……族長は、それでも良いんですか?」
「ええ。我が一族の長は自分の師を見つけ、そこで修行するのが習わし。殿下さえ良ければ、倅の面倒をみてやってください。幾らでもこき使ってもらって構いません」
「よろしくお願いします!!」
こうしてシリルは、弟子を得ることになった。シリル陣営に強力な弓の名手、ココ・ディルカが加入した瞬間である。
♦︎♢♦︎
結果として人的被害が出ず、シリルとフェリシアはほっと胸を撫で下ろした。
ディルカ族も含め、家を失った人々は仮設住宅で暮らすことになった。魔法で突貫工事したものだが、短期間住む分には問題ないだろう。
水害から一週間が経つ。現在は水が引き、公爵と族長の主導で家の再築が進められている。建築に役立つ魔法を使える者を王都からかき集めて来たので、急ピッチのスピードで建設が進んでいた。
大切な森は、シリルが信頼している騎士団の部隊に警護してもらっている。そこの隊長が、シリルの昔馴染みなのだと言う。今度会わせてもらう約束をした。
「災害をきっかけとする、少数民族の弾圧……。この大雨で弱ったタイミングだとは、知らなかったな。間に合ってよかった……」
シリルが呟いたので、フェリシアは疑問符を飛ばした。
「そんなの、原作に出て来たっけ……?」
「うん。ああー、出て来たよ。ほんの少しだけ。一行くらいだけどね?」
「そうなんだ」
フェリシアはそこまで綿密に小説の内容を覚えていない。シリルの記憶力はすごいなと思った。
シリルは何だか、遠い目をしていた。ここにいるのに、ここを見ていないような……そんな眼差しだった。
ストックがあるので明日から1日2回更新にします。
朝7時と夜19時です。




