2-5 川の氾濫
「ノイラート公爵領で、川が氾濫しそうになっているらしい。とうとう来た。皆、行くよ」
八月。とうとう水害が起こった。あらかじめ決まった場所にいたチームのメンバーが速やかに集められ、ダークが公爵領に空間を繋げる。
「さあ、行こう!!」
防災用のカッパを着たシリルが先導し、フェリシアとダーク、ルーチェ、そして災害対策チームが現地に急行した。現地は、すぐ先の前が見えないほどの土砂降りだった。
シリルたちを迎えたマティスが、すぐに叫んだ。
「殿下!すぐに来てくださってありがとうございます!もう、川が氾濫しそうなんです。こんなこと、今まで生きて来て初めてだ!」
「住民の避難は?」
「先ほど鐘を鳴らして、どんどん進めています。全員避難するには、あと一時間以上はかかるかと……」
「チームで水を堰き止め、水の流れを変えます。マティス卿と俺は、住民に避難を呼びかけて回りましょう」
「はい、分かりました」
水害対策チームは川の氾濫しそうな場所に待機し、必要になれば魔法を使う。そうして時間を稼ぎ、いよいよ彼らが危険になったら、最終的にダークが避難させてくれる手筈だ。いざという時のために、ルーチェも彼についている。
シリルとフェリシア、マティスは住民へ直接避難を呼びかけて回った。マティスの執事ゲオルグが、≪拡声≫の魔法を使えるので、それで声を大きくしながら誘導していく。住民もこの異常な土砂降りに怯え、すぐに避難に従ってくれた。フェリシアはシリルの手を握りながら、危険があるところを≪未来察知≫で見て伝えていく。
「シリル。あそこの二階のお婆さん、足が不自由だわ」
「控えている馬車に乗ってもらおう」
二人でお婆さんを抱え、馬車に乗せる。そんな風に避難が難しい人を見つけては馬車に乗せ、避難場所に送ってもらった。
「もう、残っている住民はいないようですね」
「先日やっていただいた避難訓練が効いたようです。良かった……」
「最後の見回りをしながら、我々も避難しましょう」
最後に残っている人がいないかもう一度確認しながら、土砂降りの中を歩いていく。相変わらず前も見えないほどで、足元も水浸しだった。
「よし、俺たちも避難しよう」
「ええ」
家が離れて点在している地域の方まではカバーできないが、街の住民の避難誘導は完了したはずだ。皆が鐘に従って動いてくれていることを信じて、シリルたちも避難した。
♦︎♢♦︎
水害対策チームは結局、三時間の間水を堰き止め、住居や畑への被害が少ないように水の流れを誘導してくれた。
彼らの魔力がつきそうになったところでダークが空間を接続し、全員が無事、高台に避難することができた。
「本当に、こんなことが起こるなんて…………」
「王子殿下に、なんと感謝したら良いか」
「うちの足の不自由なばあさんを、馬車で運んでくださって……!本当に、ありがとうございます!!」
高台では住民たちから、口々にお礼を言われた。シリルの頑張りがようやく報われた形だ。
結果として住民に多少の怪我人は出たものの、死者は出なかった。百年に一度というレベルのこの規模の災害では、奇跡的なことだと言う。
事前に、公爵邸の近くの高台に仮設住宅の建設を進めていたので、住まいを失った人はそこに入居してもらうことになった。しかし、水の流れを誘導したお陰で、住まいや畑への被害も最小限で済んだのだ。
「これならば、復興の目処もすぐにつきそうです。シリル殿下には……一生をかけても返しきれないほどの、大きな御恩ができてしまいましたね。これからは何があっても、ノイラート公爵家は貴方様の味方を致します」
こうしてシリル陣営に、三大公爵家の一角であるノイラート公爵家が加わった。
この出来事をきっかけに第二王子派閥がはっきりと形成され、貴族の勢力図が大きく塗り変わっていくこととなる。
そのようにして高台で休憩していたシリルとフェリシアだが、ふと≪未来察知≫が発動した。流れ込んできた未来を見たフェリシアが、急いで言った。
「シリル、大変だわ!森の少数部族が、大雨で孤立しているの!」
「何だって?」
顎に手を当てた公爵が、難しい顔で言った。
「水害のことは、事前に族長へ、手紙で知らせていたんですが……。あそこは自治区に指定されているから、迂闊に手が出せなくてね。人的被害がないと良いのだが……」
「俺とフェリシア、そして水害対策チームは行って来ます」
「分かりました。私はここで領民をまとめています。しかし、お気をつけて。彼らは外部のものに対する警戒心が、非常に強いですから」
「わかりました」
ダークがすぐに前に出て来て、森への道を繋げる。そのままチームごと、森の前へと移動したのだった。




