1-10 ルーチェの救出
「王宮の区域のうち、東と北は完全に王太子のテリトリーだ。ちなみに俺が持っているのは西だけ」
「だから私も西棟で生活しているのね。執務室も西棟にあるし」
「そう。俺の護衛騎士のグリムという男が、許可制障壁という魔法を使える。許可した人物しか内部に入れないというものだ。それを使って、なんとか西棟だけ確保してるんだ」
「ということは、西棟にルーチェさんを入れてしまえば安全ということ?」
「そういうこと。ただ、ここから先は敵の領域だから注意して」
東三塔は四つある東の塔のうち、一番小さい場所だ。隠し部屋の前には、やはり護衛騎士が二名いて見張りをしていた。
「やあ、護衛の皆お疲れ様」
「……っ!?第二王子殿下…………!?」
「ちょっと入らせてもらうよ」
「待ってください!王太子殿下の許可がないと…………」
「王子の僕に逆らうって言うの?」
シリルは剣に手をやり、突如圧倒的なオーラを出して威圧した。顔は柔和な笑顔のままだ。とても怖い。
「いえ!いえそんな、滅相もない……!!」
「じゃあ良いよね」
半ば無理矢理に押し入ると、そこには簡素なベッドだけがあり、小さな女の子が横になっていた。
「ルーチェ!迎えにきたよ」
「…………?」
疑問符を飛ばしているルーチェをシリルが抱き上げる。未来を読んだフェリシアが叫んだ。
「騎士団長がこっちに向かってるわ!攻撃される!」
「隠し通路を使うよ」
おろおろとする護衛二人を剣で威圧しながらすり抜けて、廊下の行き止まりまで突き抜けた。壁に掛けられた大きな絵画を押すと、回転扉になっている。人一人通るのがやっとの広さの通路が広がっていた。
「シア、ルーチェを抱ける?」
「大丈夫よ」
「俺は殿を務める。突き当たりを右だ。南に出るよ」
「わかったわ」
ルーチェを抱き、シリルの手を繋いだまま隠し通路に入る。持ってきたランタンで暗闇の中を照らしながら進む。
「シリル!出口で待ち伏せされているわ!色の数からして……二人!」
「チッ。強行突破だ。俺が先に出て隙を作るから、一つ目を右に曲がって突き当たりへ。そこの本棚が押し扉だ。また隠し通路があるから隠れて!」
「分かった!」
シリルは出口の回転扉を開けると同時に、横に薙ぎ払った。
「ぐわあっ!!」
「はいはい、王子様のお通りだよ!」
「逃すな!捕まえろ!」
シリルは何度も切り付けられながら≪再生≫し、まるでゾンビのように復活した。扉の隙間から覗いていたフェリシアは、敵が怖気付いた隙を見て一気に外へ出た。がむしゃらに駆け抜ける。
一つ目を右。突き当たり。
しかしそこで、大柄な人物に阻まれた。金髪に翠の目。間違いない。ベルト・ティリッヒ騎士団長だ。
「勝手をされたら困りますね、お嬢さん」
大きな手に掴まれそうになる。フェリシアは目をぎゅっと瞑った。
バチン!!
しかし、ベルトの手は見えない障壁に阻まれた。シリルの≪反射≫が機能したのだ。
「!?」
「先に行け!!」
追いついてきたシリルがベルトに切り掛かる。フェリシアは走った。足止めをしてもらっている間に言われた通り、行き止まりに辿り着く。本棚を強く押すと押し扉になっており、隠し通路が現れた。
身を隠して扉を元に戻す。ルーチェを抱きしめながら息を潜めた。
誰も追って来ない。
この隠し通路はバレていない?
シリルは大丈夫?
ドキドキと心臓がけたたましく鳴る。ルーチェをぎゅっと抱きしめた。
「お姉さん…………私を助けにきてくれたの…………?」
「そうよ、大丈夫だから……お兄ちゃんが待ってるわ」
「……お兄ちゃん……!」
ルーチェはようやく状況がわかったようで、しくしくと泣き出した。まだ六〜七歳くらいだろうか。可哀想に。
永遠にも思える時間が過ぎた。そうして隠し扉の前に、一人分の心の色が見えた。その色を見て、フェリシアはホッとした。
「…………シリル…………!!」
「お待たせ。時間が掛かってごめんね」
「騎士団長はどうなったの?」
「俺たちがやり合っているのが他の衛兵にもバレて、大騒ぎになった。さすがに公然と王子を切りつけられないからね。向こうが引いていった」
「そう…………シリル、傷だらけだわ」
「塞がってるよ?」
傷が塞がっていると言っても、シリルの服はぼろぼろの血まみれだ。重症にしか見えなかった。
「この通路を抜ければ西側に繋がっている。行こう」
シリルは自分の身なんか、全然顧みていないようだ。傷が塞がると言ったって、切りつけられるときは痛みがあるに違いないのに。フェリシアは涙が零れそうになるのを必死に堪えて、隠し通路を進んだ。
♦︎♢♦︎
「ルーチェ…………!!」
「お兄ちゃん!!」
兄妹は無事に再会した。二人を許可リストに登録して許可制障壁を張り直してもらったのだ。もう追手が来る心配もない。
「ルーチェに会って、制約が解除されたね。痣が消えてる」
「…………!!本当だ……。ありがとうございます……!!何とお礼を言ったら良いか…………」
「言っただろう、恩はこれから返してくれたら良いよ。それより、ルーチェを医者に見せよう」
「はい……!!」
間も無く医師が呼ばれ、ルーチェの診察が為された。体内の状態を詳しく見られる魔法を使った診察だ。
「ルーチェさんは病気ではありません。少量の毒を盛られ続けている形跡があります」
「……そんな……!」
「薬と称して何か服用させられていたのでは?」
「はい。お薬と言われて毎日、とても甘いシロップのようなものを……」
「恐らくそれが毒ですね。排出させながら毎日安静にすれば、じきに回復するでしょう」
「良かった…………」
ダークはその場に崩れ落ちるようにして、ルーチェに顔を寄せた。
「すぐに助けてやれなくて、ごめん…………」
「ううん。信じてたから」
それからダークはシリルの方に向き直り、美しい臣下の礼を取って言った。
「シリル殿下。この恩は一生忘れません。我が生涯の忠誠を貴方様に捧げると誓います」
「そこまで縛り付けるつもりはないよ?」
「いいえ、俺がそうしたいのです。こんなに血まみれになって、妹を助けてくださった……その恩に報いたいのです」
「そうか…………わかった。これから我が剣となってくれ。ダーク」
「はっ」
ダークが深々と頭を下げる。こうしてシリル陣営に、影ダークと妹ルーチェが加わったのだった。




