第4話
「お、おおおおお前今、錬金したって言った!?」
「……言った、が」
「うわー!!!!なんてことしてくれてんだ!」
思わず男の肩を掴みかけて、するりとすり抜ける。
あぁ俺今、なんにも触れないんだった!
そのまま男の体をすり抜け地面へと上半身をつっこむ俺に、なんとも戸惑わしげな声がかけられる。
「君は……不思議な能力を持っているのだな」
「能力っていうか、結果的にこうなってるというか、なんというか……」
よっこらしょ、と手を着いたはずがそれすらも地面をすり抜けてしまい、そのまま地中から答えることになった。
どうしよう、どうしたら戻れるんだ。
幽霊歴1時間未満なもんで、未だに体……幽体?を上手く使いこなすことができないのだ。
「……ロイアー、さっきから誰と話してるんだ?」
「すまない。……ここに、地面に頭を突っ込んでいる男がいるのだが、皆には見えないんだな?」
「あらロイアー、おかしなことを言いますのね!だぁれもいないじゃない!」
甲高い声が俺の心をごりっと抉る。
俺、幽霊だから……。
見えないし声も聞こえないというのは、なかなか寂しいものだ……ん?
「あ、俺幽霊じゃん!浮けるんじゃないか!?」
「幽霊……?浮く……?」
物は試しだ。
王族お抱えの王宮魔導師の浮遊術によってふわふわ浮くタルダリーヤを思い浮かべて、体の力を全部抜いてみる。
俺は雲、俺は雲……。
その内浮遊感が襲いかかってきて、俺は見事地面から脱出することができたのだった。
「……こほん、改めてだけど、俺はルグ。お前は?」
「僕は……ロイアーだ。ロイアー・ハデルグイス」
「ロイアーね。よろしく」
「あぁ……。それより、君は一体……」
握手をしようとして、すり抜けた手を見ながらロイアーが呟く。
「何がどうなってるのか俺にも分からないんだけど、俺、どうやら死んだみたいなんだ」
「……死んだ?」
「こないだすごい雨降ったろ?その時に、土砂流に流されてコロッと」
なんだか言葉にすると本当に不思議だ。
土砂流に流されて死んだはずの俺が、こうして誰かと話していることが違和感でしかない。頭での理解はやっと追いついてきた所だが、体は一度「死んだ」という出来事を覚えてしまっているのだろうか。
改めてロイターに目をやれば、やはりというかなんと言うか、ぎゅっと眉根を寄せて考え込んでいた。
「いかにも信じ難いが……ふむ」
「ま、そうだよなぁ……。俺だって未だに信じ難いし」
「しかし、なぜ僕にだけ君の姿が見えるんだろう」
「んー、多分なんだけど……」
隷属の石は基本出回っていないため、存在を知っている人が多い訳では無い。
実際にロイアーたちは聞いたことすら無かったようだったし、敢えてぼかして石のことを伝えることにした。
「俺の魂と、さっきの石が、くっついちゃってるんじゃないかなって」
「魂と、石がか?」
「あぁ。詳しいことは話せないんだけど、長い間俺の中にあったんだ。だから、俺はあの石から離れることはできないし、成仏することもできない」
「……ふむ」
ロイアーは俺の話を聞いて、ちらりと自分の剣を見やる。
錬金術師であろう女の子が大切そうに抱えた、大きくて立派な剣だ。
あと値段が高そう。
「その石が、お前の剣に錬金されたことによって、持ち主であるお前だけが俺の姿を見れる……んだと思う。確信はないんだけどさ」
「なるほどな」
「まぁ、それで、申し訳ないんだけどさ……その石を返して欲しいんだ」
せっかくの素材を手放してくれるかどうかは、正直賭けみたいなもんだった。
ほかの人たちからしてみれば、滅多に手に入らないレア素材であろう……どんな効果が付与されるかは分からないが。
ロイアーははっとしたように、剣と俺とを交互に見遣り、そして慌てて口を開いた。
「そうか、すまない、持ち主がいるのならばしっかりと返さなければ」
「えっ」
「少しだけ待っていてくれ」
涼し気な切れ長の目がどことなく冷たい印象を持たせるが、内面はどうやらそうではないらしい。
「……マイヤ、先程錬金してくれた石なのだが、持ち主がここにいるんだ。分解してくれるか?」
「持ち主?……俺にはなんにも見えねぇぞ?」
「ペルタ、すまないが細かい話は後だ。強奪は僕の趣味ではないし、素材集め派気長にやっていくよ……マイヤ、頼めるか?」
「わ、わかりました!」
マイヤと呼ばれた女の子は改めて剣を抱え直すと、意識を集中し始める。
俺には錬金術の才能はこれっぽっちもないので分からないが、頭の中で物質と物質の計算式を組み立てて、お互いの持つ利点と欠点を掛け合わせて……と大変複雑なことをしているらしいのだ。
物質を見極め無ければならないので、大体の錬金術師は「分析スキル」を持っているという。
「……ディーコンポジション」
数秒程度でその工程を終わらせたマイヤが静かにそっと呟けば、先程と同様に強い光が俺たちを包み込んだ。