第2話
遠い遠い、はるか昔のこと。
世界は自然に満ち溢れ、動物たちと助け合い、人と人との繋がりを大切にして暮らしていました。
しかし、ある時ふとこう思った者がおりました。
――もっと贅沢な暮らしをしたい。
――この世界の宝を独り占めしたい。
――自分だけが幸せになれればそれでいい。
それは、一人や二人ではありませんでした。
やがてそういった悪意はみるみるうちに大きくなり、世界を争いの炎で包んでしまいました。
そして野望はやがて悪意を産み、恨み辛みを産み、世界は負の感情で支配されました。
――そこから産まれたのが、"魔物"と呼ばれる恐ろしい生き物です。
負の感情が肥大化して"瘴気"として形になった時、近くにいた動植物にその怨念を宿します。
大きすぎる負の感情を与えられた動植物たちは抵抗する間もなく、凶暴でありとあらゆるものを襲う、魔物へと姿を変えるのです。
そしてそこに現れたのが"魔王"と呼ばれる者でした。
どこでどうやって生まれたのか、元々はなんだったのか、分かるものは誰一人としていません。
しかし、その明晰な頭脳と驚異的な身体能力をもって、魔王はあっという間にこの世界を滅ぼしてしまったのです。
それまで栄えていた国も、貧しさに喘いでいた国も、海も山も大地も、全てをたったの一週間で滅ぼしてしまいました。
それを悲しんだのが、この世界を生み出した神様「トワロ」でした。
トワロはおおいに嘆き、怒り、そして魔王を討つべくこの世界に二人の子供を産み落としました。
魔王の力を打ち倒し封印するための「勇ましの力」をもった勇者と、滅んだ世界を癒し新たな世界を生みだすための「聖なる力」をもった聖女。
勇者によって魔王は封印され、そして聖女によって美しい世界へと戻ることが出来ました。
それから、千年に一度目を覚まし世界を滅ぼさんとする魔王と、そんな魔王を打つために千年に一度、神様から産み落とされる勇者と聖女の戦いは今日まで続いてきました。
――もし、これを読んだあなたが、人と人との繋がりを大切にしていたのなら。
その思いを、ずっとずっと、ずーっと大切にしてください。
――もし、これを読んだあなたが、何かに絶望して人を信じられなくなったのなら。
少しだけ振り返ってみてください。
私はきっと、あなたの味方でい続けるでしょう。
はるか遠い昔より、愛を込めて――
リーディア・フォン・アクタニウス
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これは約千年前に書かれた、「トゥーリアス神話」の一部だ。
この世界が出来たと言われる八千年前まで遡って歴史を学ぶことができる、大変貴重なものである。
その中でも特に重要なのが、「勇者」と「聖女」の存在だ。
千年に一度目覚める魔王に合わせて、神様が産み落と言われており、その二人にはその二人にしか有り得ない特徴を持っている。
それが、"色彩"だ。
太陽の光をそのまま写し取ったかのような金色の髪と、宝石さながらに輝くルビーの瞳を持った勇者。
雪のような真っ白な髪と、非常に貴重な鉱石、アメトリンによく似た色合いの瞳を持つ聖女。
そして、体のどこかに"聖紋"と呼ばれる印がある。
というように、勇ましの力と聖なる力を授かった二人は、魔王を封印し世界を元に戻す役目があるというが、そもそも千年に一度の出来事のため信じない人もいる。
しかし、トゥーリアス神話がただの神話として受け入れられ始めたころ、とある一人の男に神託がくだった。
――「近く、魔王が目覚める気配あり」
――「勇ましの力と聖なる力もまもなく目覚めるだろう」
そして国を上げて捜索した訳だが、ここで一つ問題が発生した。
俺だ。
本来、勇ましの力は男に、聖なる力は女に、というような暗黙のルールがあった。
しかし、何故か今代は俺に発現してしまったのだ、聖なる力が。
18歳になった俺を迎えに来たのは神殿の遣いとかいう奴らで、大変失礼な奴らであった。
遊牧民であった俺の前に突然姿を現し、一緒に来ないと家族が危ない目に会うぞと脅し、そして俺は半強制的に連れ去られ聖女として仕立てあげられたのだ。
そして何やかんやあり、1年と少しを過ごした勇者パーティーから追放された俺は、こうして俺は川辺で一人途方に暮れているわけなのだが……。
やってられないとはこのことだ。
「はぁ、これからどするかな〜……」
激しい雨の中、濁流に飲み込まれた俺はそのまま川に流され、見知らぬ川べりに流れ着いたらしい。
あの時の濁流が嘘かと思うほどに落ち着いた美しい川の流れと、ぴちぴちと囀る小鳥たちの声、そして風にそよめく草木の音……。
あれから何日経ったのかは不明であるが、不思議と空腹や痛みなどは感じない。
持っていたものも全て川に流されてしまったらしく、正真正銘の一文無しである。
そして一番重要なのが――俺がここから動けない、ということだ。
「んーーーーぐぐぐぐ!!!!」
ある一定の距離まで移動すると、何かに引っ張られるかのようにそれ以上進めなくなる。
だいたい1mくらいなのだが、どう足掻いても動くことができないのだ。
「んあーーーーー!!!!なんでだよぉ〜〜!!!」
ばたん!
思わず五体投地した俺の叫び声が、抜けるような青空の中に響き渡ったのだった。