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第一話


それは叩き付けるような雨が降る日のことだった。

ついさっき、冒険者パーティーから追放された俺は、降りしきる雨の中をただひたすらに走る。

夏から秋へと向かおうとするこの季節の中、ただのシャツ1枚で、ボロボロのズボンを履いて、踵が剥がれた靴を履いて、ただただひたすらに走っていた。


「なんなんだよっ!!くっそーーー!!!!!」


どれくらい走っただろうか。

足はもちろん、肺も、頭も、腕も、至る所が痛くて仕方ない。

それでも俺は止まる事なんて出来かった。


――そう、止まることなんて出来なかったのだ。


例え叩き付けるような雨が降っていても、辻馬車に乗る御者から変な目で見られても、足が棒のようになっても、止まることが出来なかった。

止まったらもう二度と動けないような気がしたし、俺がここまで頑張ってきた何もかもが無駄になるような気がしたから。


だから、足元もはっきり見えない視界の中、走り続けた俺は――


死んだ。


そりゃあもう呆気なく死んだね。

誰が1番びっくりしたかって?

そんなの決まっている。

俺だ。

急に地面が消えたと思ったら、目の前には轟々と流れる川があった。

ここ数日降り続いていた大雨のせいで増水した川は濁り、あっという間に俺を飲み込んでそして……。






――きっかけは些細なことだった。


「お前さぁ、もう用済みなんだよね」

「……え?」


夜も更け、さぁ野営の準備を始めるかという所で何故か俺はめっためたにされた。

もうそれはそれは、ぎったぎたのめっためただ。

目の前に立つ男は、その嫌味な程に整った顔を盛大に歪め、こちらを見おろしていた。

……いや、見くだしている、が正しいか。

そんな男は高級な布や宝石をふんだんに使った衣装を身にまとっており、そこには汚れ1つ見当たらない。

周りには宝飾品と並ぶほどの美しい女が4人侍っているが、どの瞳も男を見ては熱に浮かされたようにその眦を下げる。

そしてそんな男の瞳に映るのは、身体中傷だからけのボロ雑巾のような男だった。

俺だ。

民衆のために働けど働けど大した見返りもなく命をすり減らしていく俺と、特に大した働きもなくふんぞり返っているだけなのに、その身には高級な物や贅沢なものが集まっていく男。

1度でいいから、この男が食うような豪華な飯を食ってみたいものだ。


「ねぇルダ、話聞いてんの?」

「あっ、あぁ、えっと……なんでしたっけ、すみません、タルダリーヤ様」


いかんいかん、つい現実逃避をしてしまっていた。

目の前に立つ男……タルダリーヤ・フォン・オッドロイアと言う男は、それはそれは不遜な男だった。

名の知れた冒険者や、腕の良い職人が集まる事で有名な「王都オッドロイア」の第一王子として生まれ、欲しいものを欲しいままに手にしてきたこの男。

何もかもが自分の思い通りに行くと思っているし、実際思い通りになってきたのだろう。

そしてなにより、風にたなびく小麦のような黄金の髪と、ガーネットのような瞳を持ったこの男は、言葉では言い表せないくらいの美男子だった。

本当にこの世界は不平等である。


「まぁいいや……とにかく、お前はもう用済みってこと。だからお前にはパーティーからも出て行って貰うし、この事を誰にも言えないように呪いもつける」

「は、そんないきなり……いっだ!!!!」

「おっと、お前は口答えできる立場なのかな?」


思わず立ち上がろうとした俺の右手には、ラメ?ビーズ?がキラキラと輝く華奢なハイヒールが。

ピンヒールだとかなんとかっていう尖った踵部分が手の甲をグリグリと踏み潰し、その度に俺は情けない悲鳴をあげてしまう。


「メッ、メロダ……!」

「ご主人様に歯向かうやつ、許さない」

「……もういいよ、おいで、メロダ」


タルダリーヤの一言で手の甲から靴を退けたのは、大きな耳としっぽ嬉しそうにピクピクさせた女だった。

先程までタルダリーヤのすぐそばに陣取っていたが、俺の反抗的な態度を見るや否や踵で踏み潰しに来たというわけだ。

獣人の国で出会ったメロダは、最初こそ動きやすい身軽な獣人の国の伝統衣装を身にまとっていたものだが、今ではタルダリーヤに与えられる美しいドレスに喜んで腕を通すようになった。

周りの女たちも、皆そうだ。

タルダリーヤに与えられた美しい服で、タルダリーヤの為だけに動き、タルダリーヤの視界に入るためなら何だってする。


「お前はぼくに逆らえない……そうだよね?」

「ぐっ……!!」


タルダリーヤの手には、小さな石が着いたネックレスが握られていた。

赤色のその石には針金が巻いてあり、麻紐で括られたネックレスというにはあまりにも庶民的すぎるそれを、なぜこの王子が握っているのかと言われれば。


「"××××××××××"――そうだよね?ルダ……お前はぼくに、逆らえない」

「……くっ……ぅう……!はい……っ、タルダリーヤ様……っ!!」

「あははっ!!分かればいいんだよ、ね?ルダ」


痛い、頭が割れるように痛い。

この酷い頭痛の原因があの石だと分かっているのに、俺にはどうすることも出来ずにただひたすらに痛みをやり過ごす。

タルダリーヤと、そいつを囲む女の甲高い笑い声が遠く聞こえてくる。


「……ぐぅっ……!!ううあああ……!!!」

「ま、恨むなら自分の生い立ちを恨みなよ、ルダ」


タルダリーヤの野郎が何か言ってるがそんなことを気にしてはいられない。

頭痛が始まれば、俺にはどうすることもできない。

今までの経験から考えれば、健康な時ほど短く、体調やメンタルが悪い時ほど長く、この頭痛は続いてしまう。

つまり、今回の頭痛は……。


ふらりと体勢を崩した俺に、こいつらが何をするかなんて明白だが――それよりも何よりも、この苦しみから解放されたい俺は、その意識をあっさりと手放すのだった。




「お前は本当にグズだね。だから"出来損ないの聖女"だなんて言われるんだ」


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