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緑茶


 急須って持ってます?


 我が家は一応あるのですが、洗うのが面倒なのでコーヒー用のデカンタに茶葉を入れて熱湯を注いでしまいます。んで茶こし経由でマグカップに注ぎます。

 ワイルドだろう?



 皆さんの飲む緑茶はどのタイプですか?


 ペットボトルですか?

 ティーパックですか?

 粉を溶かす派ですか?

 急須でお茶を淹れますか?


 私が急須でお茶を入れるお作法を習ったのは、小学校の家庭科の時間でしたね。今でも習うんでしょうか。


 今の仕事でも居宅療養管理指導の関係で、ご高齢の患者さん宅に薬をセットしに行ったときにお茶をいただくこともあります。

 お作法を眺めながら、この人の認知機能はまだ大丈夫そうだな……なんて観察してたりします。


 でも本当はね、衛生的に心配なお宅もあるので口にしない方が安全なんですよね。

 やばい地域だと患者家族に一服盛られたなんて話も聞きますし……。

 患者さんやその家族に襲われたり撃たれたり殺されたりすることもありますからね。

 幸いなことに今のところ私はどれも未経験で済んでますが。


 医療従事者の武装合法化か、医療従事者の安全を守るための部隊結成とかを検討してくれちゃったりしてくれたらいいのになあ。

 そしたらせっかくだし部隊に転属とかしてみたいんだけどなあ。あーでももう年齢的にアウトかなあ、残念。



 あ、話がずれちゃったんで本題に戻しますね。



 まだ調剤薬局で居宅療養管理指導なんてのが一般的ではなかった頃、私の勤務する薬局にじいちゃん(母方)が来てくれたんです。


 おしゃれハットに素敵ジャケットまで装備して現れたので、どこの老紳士のご登場ですかーいって笑っちゃいました。


 その後じいちゃんは、あれよあれよと肺がダメになっちゃって、在宅酸素療法ってやつを開始することになりました。


 じいちゃん自身はすごくカッコつけな伊達男だったからすっごくゴネたそうです。


 酸素なんて持って歩きたくない。

 もう管が顔にかかってるのがカッコ悪い。

 最低。嫌すぎ。絶対にヤダ!

 って大反対してたんですけどね。


 でもやっぱすごく苦しいから、結局酸素になりました。


 もちろん薬もたくさん出てました。


 総合病院前の薬局だし、患者さん自体の来客数も多い上に、薬の種類も量も多い人たちばっかりです。

 比較的空いてる日だとしても30分は余裕で待ちます。


 待ってるじいちゃん、すごい苦しそうでした。

 見てらんなかった。


 じいちゃんの通院にはいつも伯父さんが付き添ってました。

 伯父さんの家の事情は母から聞いてたので、少しでも負担を軽くできたらと、毎月私がじいちゃんの家に薬を届けに行くことにしました。


 身内に薬局関係者がいる特権ですね。


 小さい頃は従兄弟もいたからよく遊びに行ったし、泊まったこともありました。

 自分一人でじいちゃん宅に行くのは初めてだったので、車で向かうときちょっぴり緊張してたのを覚えています。


 じいちゃんは伯父さん家族と2世帯で住んでて、ばあちゃん(母方)は私が大学生のとき、癌で亡くなりました。じいちゃんは1日をほぼ一人でずっとテレビを見て過ごします。


 じいちゃんのベッドの備え付けテーブルには、喉が乾いたとき用のペットボトルの緑茶がたくさん並んでいました。

 ベッド下には同じく緑茶のペットボトルが1ダース。


「じいちゃん、これちゃんと飲んでる? 脱水なるからちゃんと茶ぁ飲みなね?」


 私がそう言うと、じいちゃんはダンディな笑みを浮かべながらこう返します。


「ペットボトルの茶は美味くなくてなあ。飲みたくねぇんだよ」


 ダメだ。絶対にじいちゃんはこの茶を飲んでねえ。


「どれどれ、じゃあうんまい茶ぁでも淹れてやろうかな」


 私は昔の記憶をたぐりながら戸棚を漁り、茶っぱと急須、湯呑みを捜し出し、自分とじいちゃんのお茶を淹れました。


 なんてこともなく会話もないまま、二人で茶をすすります。


「あーうまい」


 じいちゃんがそう言ってくれたのがすごく嬉しかったのを覚えています。


 私自身、急須でお茶を淹れて飲むなんて何年もしてなかったので、ペットボトルのお茶とあまりにも味が違ったんで驚きました。


 いい茶葉だったのかもしれないですけど、あの日二人で飲んだお茶は本当に美味しかったです。


 あんまり美味しかったので、その日からしばらく自分でも急須でお茶を淹れて飲むようになりました。


「……ホントに全然味違うね。こりゃペットボトル飲みたくなくなるわ」


「だろ?」


 まるで自分が茶を淹れたみたいに得意げなじいちゃんの笑顔を、今でも鮮明に思い出せます。


 同居していた方のじいちゃんとは、あまり納得できるお別れができなかったから、せめてもう一人のじいちゃんとは後悔しないように接したい。


 そう思って、毎月薬を届けに行ってました。


 どんどん弱ってくじいちゃんの姿を見て、辛くて泣きながら運転して帰った日もありました。


 じいちゃんの葬式を出して何年も経ちます。


 いまだにじいちゃんのことを思い出して悲しくなることも時々あるけど、最後に思い出すのは必ず二人でお茶を飲んだ日の記憶です。


 あの日、お茶を淹れてあげられて良かった。


 一緒にお茶を飲めて良かった。



 そう思うと悲しくて泣きそうになるけど、あったかい気持ちになることができます。

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