9、別れ
身を切られる思いがした。
那須連山に積もった雪が、陽光を受けてキラキラと輝いていた。
そんな12月も半ば過ぎた寒い日、加藤さん夫妻が来られクロを引き取ってゆかれた。加藤さんが飼うのではなく、ボランティアで別な方に斡旋される。
別れは辛く切なかった。クロが好きだったソーセージとおやつ、ほんの気持ちだけの物を添えて。
「元気でな」「いい子にするんだよ」
そんなことを言っていたら、年甲斐もなく涙が出てきた。
親父が死んだ時も、泣かなかったのに。自分でも“俺は薄情な男だな~”と思っていたのに。『出会いはいつも偶然で、別れはいつも必然』との寺山修司の言葉が思い出された。それなのに、始めから決めていたことなのに割り切れない。悲しくてやりきれない。
12月の天皇誕生日。雪のちらつく寒い日だった。
イチを引き取りに渡部さんが、小学生のお嬢さんと一緒にみえられた。
クロの例があるのか、マルも子供たちも怯え警戒し激しく鳴いた。イチは逃げた。怯えて部屋のスミで丸くなっている。私が抱こうとすると、一声高く悲痛な叫びをあげた。イチは失禁してた。
「イチ、よし、よし」
「渡部さんはいい人だからな、心配しなくていいんだ。お~よし、よし、いい子だ」
「お願いします」
イチは、意外におとなしくお嬢さんに抱かれた。鳴いたり、暴れたりしたらどうしようと思ったが。早く馴染んでくれることを、心から願った。
「お預かりします」
イチは、大事そうに抱かれて行ってしまった。
年が明けてから、前々から懸案だったマルの避妊手術することにした。
お昼ごろ預けて、5時近くに病院に引き取りに行くと、マルが痛々しい姿で呆然と伏せていた。
肌着の胴体部分に、前足と後足の穴を開けたような物を着ていた。まだ麻酔が効いているのか、意識が朦朧としているようだ。避妊手術は私のため、ひいてはマルのためであると思うが、しかし、何かマルにはツライことを強いたような気がした。
その翌日、江川さんの奥さんが見えられシローを引き取って行かれた。
シローは丸太のような足をして、チーの倍の体格で、ふてぶてしい顔をしていて、マルの飯を横取りして食ってしまう。そのくせ、大変な甘ったれだ。
チーとはよくケンカをし、追いかけっこをしていた。
安堵と不安、これで負担が軽くなる。しかし、シローは江川さんたちに馴染んでくれるかどうか心配だ。私はずいぶんシローたちを、甘やかし過ぎてしまった。
マルとチーとシローで暮らすうち、いつの間にかシローがボスになっていた。
しかし何といっても、まだ子供だ。世間を知らない。よその人が来る度、怯えていた。
やっぱり怯えていた。翌日、江川さんの奥さんが心配して電話してきた。
「怯えて、スミのほうに小さくなって震えています。病気なんではないでしょうか」
私の胸は痛んだ。
「病気ではないと思います。なりはでかいですが、まだ何といっても子供です。不安なんだと思います。養い親からはなされ、母親からはなされ、遊び仲間からはなされ、恐ろしい車に揺られ、見知らぬ他人の所にいるのです。怖くて、淋しいんだと思います」
「そうですか」
「すみません。私が甘やかしてしまったから、馴染んでくれるまで時間がかかるかもしれません。もし、どうしても馴染まなかったら、ウチのほうで引き取りますが」
「そんなつもりは、ありませんが・・・・」
「少し、辛抱してもらえませんか」
「はい、分かりました。余計な心配させて申し訳ありません。失礼します」
「お願いします」
その後、江川さんの旦那さんに会った時、近況を聞くことが出来た。
やはり最初は怯えてばかりで馴染まなかったが、今はなついているとのことだった。一安心だ。
嬉しいことに、渡部さんのお嬢さんから、時々はがきが来るようになった。
イチはリュウとカッコイイ名前をもらったそうだ。
元気そうで、私も嬉しい。
幸せな寝顔
当時の私
座布団の上
お帰りなさい
マル病院から帰る