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犬を飼う  作者: 森三治郎
6/12

6、妊娠かな


 10月に入ると朝晩がだいぶ寒くなり、稲も黄色く色づき稲刈りもチラホラ始まった。

コスモスが咲き、セイタカアワダチソウも黄色く咲いている。

 そんな日の夜、物置から「グウー、グウー」とイヤな声がする。灯りをつけると、マルがスミのほうで吐いていた。これは・・・・只事ではない。

「マル、どうしたんだ」

と、聞いてもマルは答えない。しかし、だいぶ気持ちが悪そうだ。

「マル、大丈夫か」

と、声をかけると、弱弱しく私を見つめるだけだった。ひょっとして、この前アイスキャンデーをやった時のバーごと飲み込んだのが突っかかっているのか。

それとも、フィラリアか。フィラリアは恐ろしい病気と聞いた。

それとも、まさか、妊娠してるのか。そういえば、乳首がやけに大きい。ピンク色をしている。腹も大きく、太ったみないだ。しかし、どうもよく分からない。不安だ。

 心配だが、どうしていいか分からない。

取り敢えず、ゲロのしまつをして、明日にでも医者に診せるとして寝ることにした。

 しかし、真夜中、又もや「グフッ、グヒッ」とイヤな音がする。

起き出してみると、又もやマルは吐いている。

「おい、マル。どうした。大丈夫か」

私はマルの腹をなでた。

(うし)()つ時の暗闇(くらやみ)は、悪い予感をもたらすものらしい。私はマルの死を思い、慄然(りつぜん)とした。

今さら、このマルを失うなんて耐え難い。妊娠でも、子育てでも、束縛でも、義務でも、負担でも何でもいい。生きていて貰いたい。私はそう思い、長いことマルの腹をなでていた。


 朝、散歩の催促があった。

「どうした。よくなったのか」

とにかく、散歩がしたいというんならと、外に出た。今朝のマルは、心なしかオシトヤカだ。

いつもこうだと、私も楽なんだが。しかし、やっぱり食欲はない。ドックフードを、ほんの少し食っただけだ。

 私は近くに住むペットホテルのオーナーの長井さんに、相談してみた。長井さんは、病気のことは分からないがと言い、黒田原の矢野動物病院を紹介してくれた。

 さっそく、そこへ電話をして午後一番の予約をとった。

思わぬかたちで、マルとドライブすることになってしまった。しかし、やはりマルは車には弱いらしく嘔吐する。だが、そんなことはかまっていられない。


 先生に診てもらったら、そんなに大したことはないみたいで、アイスのバーも問題ないそうだ。妊娠は出血の後一週間が受胎期間とのこと、耳垂れとの交尾の後マルの尻に血が滲んでいた。おそらく、妊娠ではあるまいと私は思った。私ほ希望的観測だったらしい。

先生には、そのように話した。

ただ、フィラリアにはかかっているそうで、一週間後から薬を飲ませるよう指示があった。

やれやれ、一安心だ。

 それにしても、マルの節操のない人懐っこさには、病院の方も驚いていた。

「これじゃ番犬にはならないでしょう」と言っていた。

「ならないですね」と私。

なにしろ診察台に乗せられても、盛大に抜け毛を飛び散られながらシッポを振っている。

計りに載せられても、レントゲンを撮られても、肛門に指を突っ込まれても、注射されてもウンともスンともいわない。『皆んにかまってもらえて、嬉しいな~』とでも思っているみたいだ。あげくは、待合室に先生が出てきたら、シッポを振ってすり寄っていった。

呆れるような、節操のない犬だ。


 この頃からだろう、マルが目立って太ってきた。食欲が旺盛過ぎるようで、少し多めの食事をペロリと平らげ、まだ食い足りない様子を見せる。菓子やパンなど与えるうちに、妊娠したみたいに腹が大きくなってきた。

寝転がっている時は、トドみたいだ。それに私が「お~マル~」などと言いながら腹をなでている時に、「なまいきに、こんな大きな乳首がありやがって」とたわむれにツマんでいたら、赤く、大きく、なまめかしく(ふく)らんできた。

先生は私の説明を聞いて「それだったら、妊娠ではないのでしょう。疑似妊娠だと思います」と言っていた。不思議だ。犬にも想像妊娠があるらしい。

これでは、イケナイ。

「マル、ダイエットだ」


 運動量はこれ以上増やせないから、あとは食事療法しかない。だいたい、食欲があり過ぎるみたいだ。散歩の途中ダイコンの葉など見つけると、もう座り込んで動こうともしない。

なぜダイコンの葉なのか分からないが、間引かれたダイコンや、下葉が土手に打ち捨てられて、少ししなびれ加減になった物がお気にめすらしい。

腹ばいになって前足で押えては、引きちぎってムシャムシャ、シャリアヤリ食っている。

「旨いのか」とか「辛くないのか」と聞いても、チラッとこちらを見るだけで無視してムシャムシャ食っている。

 そのくせ、やっぱり辛いらしい。干上がった田んぼの用水路など、覗き込んでいる。


 やっぱり、マルは妊娠していた。私の希望的観測とは、違っていた。

血が滲んでいると、出血しているとは違うのだろう。マルの腹を探ってみたら、キョロキョロと動く胎児が分かった。

マルは食い過ぎじゃない。疑いようもなく妊娠している。私の都合のいい解釈は間違いだった。


まったく、女は、メスはドラマチックで困ってしまう。そんなドラマチックなど望んでいなかったのに。オスだったらメシと散歩ぐらいで、シンプルなものだ。

あとは多少の発情とか恋愛ざたとかあっても、おおむね淡々とした生活か生涯のはず何だと思うのに。

 日に日に、マルの腹は大きくなる。私はいろいろと気を揉んで、思い悩んだ。

出来れば里子に出したい。佐藤さんにも相談してみよう。矢野先生にも相談してみよう。

知っているところ全部に、声をかけてみようと思う。


 マルの奴は私の困惑をよそに、じつに気楽なものだ。大きなお腹を揺すってわがままな散歩をするし、メシを要求する。そして、私がお菓子の包装を解く時にカサッと微かな音でも立てようものなら、すぐに耳聡く聞きつけジッと見つめる。

まったく、食い意地ばかりはった、ノーテンキの三角頭め、こんな無自覚のものが母親になっていいものだろうか。



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