表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犬を飼う  作者: 森三治郎
5/12

5、マルの失踪

初めて犬を飼うことは、試行錯誤の連続。


 その後、小さな齟齬(そご)は多少あったが、厳しい残暑が収まりススキの穂が出始めた頃には、大分安定した生活になった。

今は、夕方の重めの散歩に早朝の軽い散歩を加えた。マルが望むなら、多少の負担は受容することにした。

半室内犬となったマルはイラついた素振りもないし、ストレスもないみたいだ。


 私はマルと一緒に散歩していて、認識を新たにしたことがある。

それは、この辺にはいろんな徘徊者がいるらしいということだ。ただ、目撃することはあまりない。しかし、マルがその得意の嗅覚で痕跡を探りあてる。

 まずはフンだ。小さな犬のフン、大きな犬のフン、ドックフードらしき物を食っている犬のフン、人間と同じ物を食っている犬のフン、獣毛らしき物の混じった野生の犬、もしくはキツネがタヌキかの獣のフン、そして人間のフン。

と、一回の散歩で、一度か二度見つける。たいていは、路肩付近にある。

 それから、クルミの木の近くで見かけたリス、それからヘビにカエル。

道路横断中の沢ガニ。キジらしき鳥。

 ヘビやカエルは、車に轢かれて死んでいるのがけっこう多い。


 近頃、マルがワガママになったような気がする。人気(ひとけ)のない農道などでは引綱を外して自由にさせる。私が読んでも、無視してなかなか来なかったり、まるっきり来ない時があった。

 一度は藪に入ったまま、呼べどもこない。ぐるりと大回りして反対側の道路まで来て、藪に「マル~」と呼んでみたがいない。

その内、日が暮れて薄暗くなってきた。川向うで犬が「ワンワン」「キャンキャン」騒いでいる。気になる。どうも、心なしかいつもと違う吠えかたじゃないだろうか。ひょっとして、マルはこのまま行方不明になってしまうんじゃないだろうか。

 私は焦った。足首は痛む。取り敢えず急いで家に帰り、車でもう一度この辺を探してみよう。

 私は家に向かった。私はマルが居ない帰り道が、こんなに味気ないものかと思い知らされた。おそらく、マルが居なくなったら、もう散歩に出歩かないだろう。

 ようやく家に戻り、車で出た。そうしたら、いくらも行かないうちに向こうからマルがテクテク歩いて来る。

「マル~、何処へ行ってたんだ。捜してたんだぞ~」

取り敢えず、事なきをえた。


 次の日からは、藪に入ろうとしたなら厳しくたしなめた。それでも入ってしまった時には厳しく叩いて叱った。

それでも、しばらく後に二度目の失踪をした。藪に入ったきり、呼べども来ない。

私は意を決して、敢然と藪に突入した。生い茂るアシを押しのけ、シノ藪を突き進み、クズの絡まりを突き抜けた。

すると、急斜面の崖の上にマルが涼しい顔をしてシッポを振っていた。

「バカたれ、何考えてるんだ」

私が汗みどろになって心配して来たのに、何たることだ。

「さっ、来い。来るんだ」

マルを連れて藪を突き抜けると、トウモロコシ畑に出た。向こうが道路らしいが、横切るのはたいへんだ。私の背丈よりも高く遮るトウモロコシをかき分けて行かねばならない。

仕方ない。ウネに沿って畑が途切れるところまで行こう。

だが、下のほうは葉がないが上のほうは葉が生い茂っている。私は擦り傷をつくりながら、葉っぱをかき分け進む。が、行けども行けども、トウモロコシはえんえんと続く。マルはとっとと、先を急ぐ。

もう、イヤになってしまった。


 そして、三度目の失踪があった。

9月も、もうすぐ終わるというのにムシムシと暑く小雨の降っていた日だった。セイタカアワダチソウの花が黄色く鮮やかに咲いていた。

マルは、又もや藪に入って出て来ない。

 私は先の例もあるので、サッサと諦めて家路を急いだ。

すると、マルが散歩の途中にあるゴミ捨て場に先に来ていて、ゴミを漁っているではないか。

散歩の途中で身勝手に帰ってしまって、その上いつも禁止しているゴミ漁りをしていて、そうして反省の色もなくシッポを振って寄って来た。二重、三重の裏切り行為だ。

私は大いに怒った。いきなりひっぱたき、ウムを言わさず引き摺って帰り、「バカたれ!」と叩いて、“パシャ”っと物置のアルミ戸を閉め、いつもは開け放してある居間と物置に通じるドアをバタンと閉め切ってガチャリと留め金をして締め切った。

そして、いつもは一休みしてから、マルの晩ごはんを先に与えるのだが、よして、先に風呂に入り、それから、おもむろに私の夕食を作り、後は知らん顔してテレビを、見ていた。

しかし、どうも気になる。物置から、ウンともスンとも物音がしない。

いつもは、うるさいくらいメシを催促するのに、粛として静まりかえっている。

取り敢えず、メシだけ作っておいて、催促があったら出そうと用意した。しかし、いつまでたっても催促がない。

マルは拗ねているのだろうか。それとも、私の勘気を恐れているのだろうか。

 私は、そっと覗いてみた。

すると、見えたのは、まっすぐ私を見つめるマルだった。

「マル」と、声をかけると、嬉しそうにシッポを振って寄って来る。

私は、ダメだと思った。私は厳父にはなれない。躾けも上手く出来ないだろう。

でも、いい。甘い親でもいい。このイジらしい、健気な生き物を放っておけない。マルを悲しませたくない。

私は、マルの悲しそうな姿を見たくはない。


何事も、自分の思う通りには行かないものです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ