表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犬を飼う  作者: 森三治郎
4/12

4、耳垂れ

 私はこの歳になって、愛情とか(きずな)とか考えさせられた。

ゾウは、親子の絆が非常に強いと聞いている。しかし、ゾウは二十二か月もの長い間胎にあって、自分を苦しみ続けてきた異物が産まれ落ちた瞬間、憎しみに駆られそれを踏みつぶそうとする。それを、母ゾウ、姉ゾウ、オバゾウなどが体当たりで回避させるそうだ。

ネコが犬を育てる話とか、犬がサルを育てる話を時々聞く。

やっぱり、いろいろと世話を続けるうちに絆が生まれるのだろうか。

血の繋がりが、親の絶対条件ではないらしい。私は育てることにこそ、親の甲斐性があるという意見に賛成だ。


 私を、ひどく煩わせるこのメス犬を養うのはたいへんだ。

それでなくとも手入れの良くない庭を、ますますヒドイ状態にしてしまう。

 真夜中に『ブシュン、ブシュン』とくしゃみをしてるから、「どうした。風邪でもひいたのか?」と心配して出てみると、しきりに穴を掘っていた。

鼻の頭を土で真っ黒にして、『なあに?』という顔で見る。

「なあにじゃないだろ~」こんな真夜中に穴なんか掘って、バカタレー。

 大切にしていた盆栽や、鉢植え草花も折ったり壊したりする。まったく、罪の意識がハナっからない。困ったものだ。

しかし、私はすでに庭いじりや盆栽などへの情熱が冷めていて『まっ、いいか』などと思ったりもしている。

 それから、メシをうるさく催促する。散歩を喧しく強要する。

人が来ると誰彼かまわず、その泥だらけの足で抱きつこうとする。

時に真夜中でも、雨の降る日でもしょっちゅう木に巻き付いて『クゥ~ン、クゥ~ン』と鳴いて、解いてくれと訴える。

それでも、いくら損害を被っても、いくら面倒くさい思いをしてもなぜか憎めない。

あのアッケラカンとした顔を見ると、『まっ、いいか』と思ってしまう。

それに、罪の意識をもたない者に、いくら制裁や懲罰を加えても教育的指導にはならない。

ただのイジメだ。そんなことはしたくない。


 近頃マルが太ったようで、太ももの肉がやけに目につく。

散歩の時は、時間前からやけにハイテンションで放すと全力で走りまわる。以前は“タタタタッ”であったのが、この頃は“ドドドドッ”に変わってしまった。身体も一回り大きくなったような気がする。

何しろよく食う。冷蔵庫に乾いた大根があったので『ほらっ』とやったら、“ガリガリ”とかじっていた。さすがにマズイのかかじったままだ。

 日曜日、友達が来て昼飯分の牛乳をマルにあげていた。マルはピチャピチャと美味しそうに飲んでいた。牛乳も好きらしい。


 8月も終わりようやく涼しくなり始めた頃、困ったことが起こった。

それは不眠症に悩む私がようやく眠りかけた頃、外で異様な気配がして始まった。

『ハア、ハア、ハア』と荒い息音がして、ドドッ、バタバタッと(せわ)しない足音がしている。

外に出てみると

「ややっ!」何としたことだ。

何処の馬の骨とも知らないオス犬が、マルにのしかかっているではないか。

『マルの貞操が危ない!』私は慌てて外に飛び出した。

「くそ!」

オス犬は逃げ足が速い。たちまち、見えなくなった。

その夜は、何度かそのような事があった。ますます不眠症になりそうだ。憎っくきオス犬め。


 次の日は、朝からボ~としていた。10時頃、ついうたた寝をしていると、又もや外で異様な気配がする。そして、又もやオス犬がいたのだ。

「おのれ~!」

私が外に出る前に、オス犬は居ない。はるか先まで逃げていた。

赤茶っぽい犬だった。耳が垂れていた。ヘンに真っ赤なシャレた首輪をしていた。

何処かの飼い犬なんだろう。それにしても、何処から来たのか。

 一方のマルは、いちじるしく興奮していた。

「マルゥー、ダメじゃないかー」

私の剣幕に、マルは怯えてしまった。

「困ったな~、どうしよう」

マルは私の困惑をよそに、「クゥ~ン、クゥ~ン」と甘える。

それにしても、困ったことだ。マルが発情していたとは・・・・。そういえば、やけにあちこちマーキングしていた。ううむ。


 しかし、事はそれだけじゃすまなかった。あの耳垂れスケベ犬が、のべつくまなしに通ってきてマルに乗りかかろうとする。ちょっと油断していると、耳垂れは音もなく忍び寄っていて、私が気付いてでて行くころはサッとはるか先まで逃げている。

オドオドと小心そうな犬だが、実にしつこいスケベ犬だ。

その夜も、イタチごっこが始まってしまった。耳垂れは逃げ足が速い。すぐ見えなくなってしまう。そこで、車で近所を走ってみた。すると、案の定居る。

しかし車から降りるころには、はるか先まで逃げてしまう。また車で追うと、民家に逃げ込んだり、田んぼのあぜに逃げたりする。処置なしだ。

『どうしよう・・・・』

私はいろいろ考えた。大きな檻を買ってきて、マルを入れようか。いや、金がかかりそうだ。だったら、自分で木で作ろうか。どう作ろう。

『そうだ。取り敢えず物置に入れておこう』

私の家は、ドアを開けるといきなり十畳ほどの居間、台所、兼書斎となる。いろいろと不便なので、作業場を兼ねた物置を付け足した。今では、まるっきりゴタゴタと端材のたまった物置となっている。

そこへ、マルを押し込んだ。

「ざまあみろ」

これで耳垂れも、手も足も出ないだろ。

その夜も、耳垂れは来たらしい。物置のガラスサッシに、足跡がついていた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ