3、犬とのドライブ
マルの考えは羨ましいほど、おそろしく単純だ。メシと、飼い主と、散歩しかない。
躾とか、やってもらっては困ることなど全然覚えないくせに、メシと散歩はしっかり催促する。バカなくせに、抜け目のない奴だ。
散歩の時間になると、例の『クゥ~ン、クゥ~ン』と甘えた声で鳴く。
私が出て行くと度し難く興奮して、『ワン、ワン』と吠える。ワイヤーから外してやると、もう持て余すほど興奮し、飛び跳ねながら回転し、いきなり全開で走る。
私は車がいないのを確認してから放すが、気が気でない。車の通りの少ない道は、引綱をせず勝手にさせる。
マルは上機嫌で走り回り、匂いを嗅ぎまくる。何の変哲もない草むらを、マジメくさった顔で匂いを嗅ぐ。私には、どうも理解できない。
「何かあるのか」
と、聞くとマルは思い直したように、また走りだす。
県道に出る手前で、引綱をつける。マルとの散歩は、けっこう疲れる。
私の生活が、ちょっと変わってしまった。
マルのせいで、エンゲル係数が高くなったように思える。
スーパーに買い物に行くにも、まず、マルの食い物を先に考えるようになった。
ちょっとシャクにさわるが、扶養家族ができた張り合いみたいなものを感じる。
そのマルは、大食いだ。私はダイエット中で食事をセーブしてるが、マルは私の倍は食う。中型犬の小柄なほうで、20キロに満たないだろうと思われるのに、私より食事の量が多い。不思議だ。おかしい。
私はここ十年来、まったく運動をしなかったせいか、いつの間にか腹がポコッと出っ張っていた。相撲取りのアンコ型まではいかないが、身体を折り曲げる時苦しい。
女性に興味がないわけではないが、消極的でモテない。それが容姿もかまわずデブになっては、ますますモテないだろう。
時々、私の半生はいちじるしくシンプルだな~と思うことがある。
もう少し、イロっぽい話があってもよかったかなと思う時もある。
マルなんかと戯れていても、ちっともイロっぽくとも何ともない。出来れば、人間のメスと戯れたいとも思う。
そういえば昨年の梅雨時、私が草むしりをしていたら、お隣のメスネコ『ロト』が妙になれなれしくスリ寄ってきた。「ニャ~」とか言って、コテッとしどけなく横になると、パタパタと尻尾を振って『遊びましょう』といっている。
『そんなこと言われたって・・・・』人間のメスネコなら何とかしたいと思うけど、本物のメスネコでは・・・・。
何だって、私のところは色気がないんだろう。
私は、山歩きが好きだ。山といっても、タイソウな山じゃなくごく普通のたわいない低い山のことで、雑木林とか杉林を下草などを観察しながら散策するのだ。
出来れば、山菜採りとかキノコ狩りなどもしてみたい。しかし、じっさいのところ山菜とかキノコの類が、あまりよく分からない。ヘンなキノコを食って大当たりでもしたら、みっともないから、キノコや山菜などは採らない。で、あまり実用的な意味はない。
近頃はどこの山や林に入っても、ゴミが捨ててあり実に嘆かわしい。
それがあるばっかりに、私も山歩きを躊躇ってしまう。
ゴミを捨てに来たんじゃないかとの、無用の疑いをかけられ通報でもされたら、それこそ大変だと思うからだ。
そこで私は、いいことを思いついた。マルを同道させるのだ。
犬連れで、真っ昼間からゴミ捨てに来る人はいないだろうから、余計な疑いはかけられないハズだ。
いわば、マルは私の免罪符みたいなものだ。それでなくとも、犬を飼っている人は善人にみられる。
私はさっそく、マルを愛車ハイラックスWキャブの荷台に括り付け、近くの山に向かった。マルは荷台に乗るのも降りるのも尻込みしたが、山歩きには機嫌よく付き合ってくれた。しかし不調法にも、愛車の荷台に脱糞していた。まったく、しょうがない奴だ。
まあ、その内慣れるだろうと思い、二度目は福島県堺の黒川上流部の河原に行くことにした。細いクネクネと曲がった、やや勾配のきつい道を抜け河原に着いたら、又もやマルは脱糞していた。今度はおまけに、ゲロまで吐いている。
「しょうがないな、来い」と私は言った。
マルは怯えて、来ようともしない。
「来い!」
私は、声を荒げてヒモを引っぱった。マルは叱られたと思ったのか、機嫌をとるようにシッポを振ってクソを踏んづけて近寄り、ゴロリと横になった。
「わっ、バカ!」
私が慌ててマルを起こそうとすると、マルも慌ててもっと腹を見せようとして身を捩り、クソとゲロを捏ねくってしまった。
「バカ、何てことを」
私が手をくだしかねて困っていると、マルは立ち上がりクソまみれの身体を摺り寄せて、私を舐めようとする。これには、私も閉口した。
「しょうがない」
私は急きょ河原の散策を中止して、そのまま家に帰った。
そして、嫌がるマルを叱りつけ、宥めすかして何とかきれいにした。
脅しが効きすぎたのか、マルはすっかり怯えて小さくなっている。
私はちょっと叱り過ぎてしまったか、と思った。もともと、私の勝手な思い込みから出た小さな齟齬だ。
「悪かったな、マル。もう、ムリヤリ車に乗せたりしないからな、怖がらなくていいんだぞ」
私は、マルの身体をさすりながら言った。マルは私の言葉を理解しているのかいないのか分からないが、いつもと変わらぬ信頼と服従の姿勢で腹をみせた。
おそらく、何のわだかまりも持たないだろう。そんな能天気なマルが、私は羨ましいほど好きだ。
どうも、マルは乗り物に弱いのかもしれない。
ちょっと、がっかりした。出来ればマルを助手席にでも乗せて、ドライブしたいと思っていたのに、これじゃムリのようだ。
本当は、女子高生とかナースなんかが望みなんだけど・・・・。
それがムリなら、マルでも何でも居ないよりは居た方がいいと思える。
だけど、若い女性となると話しなんて合わないだろうな~。