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犬を飼う  作者: 森三治郎
2/12

2、犬との出会い


 外に出るようになって、1週間たった。

いつものように、いるものコースを走っていると、突然、ヘンに馴れ馴れしい犬が(まと)わりついてきた。

見ると、黒灰色の狼のような感じの色をした犬だ。片目が茶で、もう一方の目が白目がちの瞳孔の小さい目で、犬相が良くない。

犬相のよくない犬は、私を追い越しては後ろに回り込み、追い越しては回り込みしてついてくる。『どこか、この辺の犬かな』と思ったが、見ると首輪が無い。

多分、捨て犬なんだろう。『困ったなあ』私は、犬を飼うなど思ってもみない。

だいいち、飼えるとは思えない。管理も、養育も、飼育もできない。私は一人暮らしなんで、飼うとすれば私の行動も大きく制約されるだろう。面倒だ。

かわいそうだけど、飼えない。


 私が途中でストレッチ体操をしていると、犬はジッと動かず上目遣いに見ている。

(うら)めしそうに見ている。

「おい」

と、声をかけると、一瞬逃げる素振(そぶ)りをみせた。その後、オズオズと寄ってきてゴロリと横になった。ヘンにビクついている割に、人懐っこい犬だ。犬相はよくないが、性格は良さそうだ。私が走り出すと、又もやついてくる。


 帰る途中、北島さんと大岡さんと出会った。犬は北岡さんにも大岡さんにも、吠えもせず人懐っこく盛んにシッポを振って愛嬌をふりまいている。

「この犬は」

「ジョギングしてたら、ついてきてしまったんですよ。首輪がないから、捨て犬かもしれませんね」

「お~、かわいい犬なのに、かわいそうに」

どこに、かわいい犬の基準があるのか分からないが、北島さんは犬好きだ。ご自身も“テツ”というオス犬を飼っている。

「俺も、犬一匹ぐらい飼ってもいいと思っているんだけど」

軽率にも私は、犬を飼ってもいいと言ってしまった。私は、軽率であるらしい。

「それは、いい」

北島さんも大岡さんも、この犬のために喜んだ。

「もし手に余るようだったら、佐藤さんに相談するといいですよ。佐藤さんは愛犬家で、子犬の斡旋などのボランティアのメンバーらしいから」

北島さんは、そう親切に言ってくれた。

「はい、そうします」


 結局、犬は家までついてきてしまった。

取り敢えず腹が減っているだろうと思い、私の晩ごはんに急いでみそ汁を作り、鶏の唐揚げとさつま揚げを乗せてやってみた。

犬は私を気にしながらも、ガツガツときれいに平らげた。飢えていたらしい。

「腹が減っていたのか」

と、問いかけると、例のごとくゴロリと腹をみせる。ヘンに卑屈なクセのある犬だ。

ま、取り敢えず、なるようになるだろうと考え、その日はそのまま放っておいた。


 翌朝、犬は居なかった。何処かへ行ってしまった。拍子(ひょうし)抜けするのと、やっかい払いができたのと、複雑な気持ちだった。どこかよその犬好きな人に飼ってもらえたら、いいだろ~なあと漠然と思っていた。


 夕刻、いつものように、いつものコースを走り()笹川(ささがわ)を渡った所に例の犬が居た。

犬の方も私に気付いて、嬉し気にシッポを振ってよってくる。

私は観念した。『飼おう』と思った。いじらしいこの犬を、放っては置けない。

「おい、マル」

私はこの犬を、マルを決めた。子供のころ、家で飼っていた犬の名だ。

「おまえを飼ってやる」

マルは嬉々として、はずむように嬉しそうだ。私も嬉しい。一人で黙々と走るよりは、連れがいた方が張り合いがある。

私は、マルを連れて帰った。


 できれば北島さんのように、のびのびと飼いたかったのだが、どうもよくないようだ。

落ち着きのない犬のようで、居ないと思ってら大岡さん宅に居座ったたり、そこらここらをうろついたり、よその犬に吠えられたりしている。

私のところの家に、ジッとしてはいられないみたいだ。

 しょうがないので、首輪とヒモを買ってきて(つな)ぐことにした。マルは意外なほどおとなしく、首輪をしても嫌がりもしなかった。

中型犬でも小柄なほうのメス犬でだが、ハスキー犬に似ていて、こげ茶の下地に黒毛が背中を中心に薄っぽく掃いたようにある。口下から腹、足の部分は白っぽい。

尾はふさふさとして、一見恐ろし気なオオカミっぽく見える。

犬相がよくない。恐ろしい顔をしている。

そのくせ非常に人好きらしく、誰彼かまわずシッポを振って抱き着き、甘えたがる。

とても、番犬には向かないみたいだ。


 さっそく、夕方小雨が降っていたが、一緒に走った。しかし、いくらここが辺鄙なところといっても、それなりの交通量はある。車がたびに避けてくれるならいいのだが、マルは好き勝手に道の真ん中でも右でも左でもおかまいなしだ。

「こら、車が来る。こっちへ来い」

と言うと、マルは叱られたと思ったのか例の卑屈な態度をみせて、ゴロリと横になってしまう。私は車の人に恐縮しながら、ズルズルとマルを引っぱった。

 どうもマズイ。車の滅多に通らない道ならかまわないが、さすがに町道、県道はマズイ。

帰りに、その辺に(から)まっているクズのツルを引きちぎって、引綱(ひきづな)にしてみた。

そうしたら、私の歩調に合わせて走ってくれた。意外と、協調性があるようだ。

これからは、引綱を用意しよう。


 その翌日、雨に濡れてはかわいそうと“ボブハウス”という組み立て式の犬小屋を買ってきた。

さっそく、マルの目の前で組み立て「入れ」と言ったが、まったく入る()ぶりもみせない。

「せっかくマルのために買ってきたんだから、入れ」と押し込もうとしたが、嫌がってはいらない。しょうがない奴だ。

 その翌日、ワイヤーを買ってきた。庭の一番大きなニッコウヒバとパイプ車庫のパイプをワイヤーで繋ぎ、その間を自由に()()できるようにした。

しかし、マルはしょっちゅうパイプとか庭木に絡まって、身動きが取れなくなってしまう。

その度に「クゥ~ン、クゥ~ン」と鳴いて、何とかしてくれと訴える。

「バカめ」

その度、(ほど)いてやる。

この犬は落ち着きのない犬だ。バカ犬かもしれない。

 街で時々見かける落ち着いた犬は、利口(りこう)そうに見える。キチンと正座し、遠くを見つめ、身じろぎwもせず居る姿は、気品があって『高尚な哲学の思索中か?』とも思わせる。

『ああ、立派な姿だなあ』と感じ入ってしまう。残念ながら、マルにそんな要素は見当たらない。

メスなのに、“おしとやか”とか“つつましさ”とかは、全然エンがない。

どちらかといえば、“がさつ”とか“無神経”な方と思う。

あまり吠えないところだけは、いい点だ。


 時々『マルめ、どうしているかなぁ』とそろ~と覗くと、マルはまっすぐ私を見つめシッポを振っている。関心の対象が、私にあるらしい。そんなに一途(いちず)に思われては、(わずら)わしい。

 私は、愛とは束縛(そくばく)だと思っている。

釈迦(しゃか)様だって、自分の息子に障碍(しょうがい)、ラーフラと名付けたではないか。

せめて、もう少しネコっぽくありたい。私は、かなり長い期間ネコっぽく生きてきたのだ。対人関係も、会社にしても、実家の家族に対しても、親密なもたれ合いを好まず、濃密な関係を避け、単独行動を好み、いつも気ままな自由を願っていた。

 私は争いを好まず、親切で、やさしい人間だが、薄情なのだ。

そんな私が飼うならば、ネコが相応(ふさわ)しいだろうと思っていた。じっさい私は、ネコのほうが好きだった。犬は卑屈だし、人間べったりで鬱陶(うっとう)しいと思っていた。

が、案に相違して、犬を飼うハメになってしまった。


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