11、アルバイト
3月の初旬、突然山田さんが訪ねて来た。アルバイトの口があると言う。
私にしても、渡りに船だった。私は、去年の6月以降無収入で先々の事が心配になっていた。
アルバイト先は、『相鉄の那須』の分譲別荘地内の倉本さんの家の犬の散歩の係だった。
さっそく、日取りを決めて面接に行くと即決してくれた。普段は一人住むには大きい3階建てのビルのような四角い建物に、ご高齢の奥さんが一人で住んでいるという。その日は、息子さんが来ていた。
夕方、再び伺い、さっそく犬たちと散歩となった。
問題は、黒のラブラドルレトリバーのオス犬『ラブ』で、かなり大きな犬だ。それと、『タロ』という茶褐色をしたオス犬。二匹を太い引き綱でつなげて、散歩する。油断するとアブナイらしい。
「カジッたりしませんから、大丈夫ですよ」
と言われても、始めは少し恐ろしかった。大きな黒い犬が、のっしのっしと身体を揺すって歩く様は威圧的である。
散歩に出て間もなく、と、突然ラブがわらわらとヤブの中へ走り込んだ。
こういう時強く引き留めないと、わらわらと何処までも行ってしまうそうだ。
引き留めるとその近辺をアガキ廻り、やがてフンをするという。その通り、ラブはもりもりとフンをした。フンは、土に埋めてしまう。
案外とアブナイのはタロの方で、チョロチョロと走り廻り、人の足元に纏わりついて、時々足下で回り込み足に引き綱を絡ませる。そんな時、ラブに引っ張られると転ぶ。
散歩はすぐ馴れた。ラブとタロの散歩は楽しい仕事だった。こんな楽しい仕事で、報酬まで貰っていいんだろうかとさえ思った。
ここのお宅では、その他に犬が2匹、ネコが4匹くらい居るらしい。
私が担当のラブとタロ。その他、スマートな美犬『バンビ』ともこもこの長毛種の老犬『ワン』。私は美しい犬とか、カワイイ犬とか、ブサイクな犬とか分かるようになった。
それにしても倉本さん、安直な名前を付けてらっしゃる。ラブラドールレトリバーだから『ラブ』、わんわん吠えるから『ワン』だそうだ。
3月初旬から始めたが、そこは那須連山の麓近くで気候がかなり厳しい。
私の所も陽当りが悪く、寒風が強く吹く寒い所と思っていたが、倉本さん宅はまた一段と違う。雪国に近い気候なのだ。厳しい寒気で、イヤでも身体がシャキンとしてしまう。
しかし、犬たちは寒風も雪もものともしない。嬉々として外に飛び出して行く。まったく、こいつらはいつもハダシで、足が冷たくはないのか。
いつも毛皮一枚で、寒くはないのか。と、時々不思議に思ってしまう。
ラブは上り坂下り坂の多い舗装路をハッ、ハッと荒い息をしながら歩く。ピンと跳ね上げたシッポをゆらゆら揺らし、垂れ耳をぷらぷらさせて歩く。前を行くラブは、尻の肉か太ももの肉か判然としない部分をユッサユッサ揺らして歩く後ろ姿は、ズボンをずり下げて履いているいかれたあんちゃんのようだ。
中型犬でも小柄な方のタロは、茶褐色でずんぐりむっくりしていて、短足で口吻が短め。巻尾の半たち耳。立ち耳の先っちょが垂れてて、ぶらぶら揺れているというのがどこか胡散臭い。キツネ色したタヌキみたいだ。
この犬はヘンなこだわりを持っていて、ラブがマーキングすると必ずその後に自分もマーキングする。自分で先にマーキングしても、ラブがその所にマーキングすると、すかさず後ろに回り込みマーキングをする。
ラブはマーキングすると、時として前足、後ろ足でザッザッと土砂を跳ね飛ばす。いつも直後でマーキングするタロは、モロに土砂を被ることになる。
土砂を被って、いつも迷惑そうにペッペッとなるくせに、いっかな改めようとしない。まったく、懲りない奴だ。
倉本さんとこは、一日一食だそうだ。犬はそれでよいそうだ。
私のところは、一日三食やっていた。その上オヤツまでやっていた。
私の犬の飼い方は、間違いだらけだったらしい。
私のところも一日二食にした。ついでに私の食事も一日二食にした。
アルバイトがあるが無職なんだから、二食でもいいかと。
ここの別荘地は傾斜地にあり、ほとんどが半地下か高い床下がある。
倉本さん宅も、半地下に3畳くらいの犬室がある。
雪が降った翌日、いつもいるはずのラブが居ない。少し待っていると、ラブが奥さんに引かれてやってきた。
「おはようございます。この子は屋根から雪が滑り落ちる音が怖くて、夜中じゅう騒いでいたんですよ。まったく、まあ、しょうがないんだから。一晩じゅう、この子のお守りですよ」
「はあ・・・・」
ラブはでっかい図体のくせに、とても臆病者らしい。カミナリも怖いらしい。
そのでっかい図体で、キャンキャン鳴き喚いて、その辺を跳ね回られたんでは、奥さんでなくとも持て余してしまうだろう。困った奴だ。
ラブです。
ラブとタロです。
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次回で終了の予定です。