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犬を飼う  作者: 森三治郎
10/12

10、失踪

ちょっとした油断が大変なことに。


 チーだけは、私のもとに残った。生まれてから四ケ月たって、だいぶ犬っぽい顔になってきた。ただチーは父親似で、巻き尾のたれ耳だった。

どうも、甘やかし過ぎてしまったらしい。しょっちゅう私と居たがり、私の膝の上が大好きなネコみたいな犬になってしまった。

大変な臆病者で、他の人が来るとすぐ怯えて逃げる。怖がって外に出ない。

「来い。チー。大丈夫だから来い」

二月半ば頃から、外に出るよう促し始めた。ようやく外に出るようになったら、今度は「出るな」と言っても外に出たがるようになった。

マルとの散歩に、まとわりついて来た。

2匹してジャレあい、噛みつきあい、牽制し、まとわりつき、散歩のペースがかなり乱れてしまった。

2日後、試しにマルの引き綱を外してみた。マルは素晴らしい勢いで、走り廻った。チーも必死でついて行く。幸いここは、山中の開発中のかなり広いなだらかな土地だった。いい運動になる。ひとしきり走らせてから家に帰った。


 次の日、水道が凍っていた。強い北風が吹いて、寒い朝だった。

またマルを放した。マルはさんざん走り廻った挙句(あげく)、ヤブに消えた。まったく、懲りない奴だ。困ったことに、チーも一緒だ。マルのことは心配しないが、チーが心配だ。

 ようやく10時ごろ、泥だらけになってマルが帰ってきた。チーも一緒だ。

まったく何処をほっつき歩いていたのか、困った奴だ。

 3時30分ごろ、いつもの通りマルは散歩を催促しだした。

これからは、チーも一緒になる。チーの引き綱は用意したが、まだ散歩慣れしてないので絡まりあってしょうがない。

それで、どうせマルに纏わりついているのだからと引き綱はしなかった。

 

 家を出て、連続した勾配のあるカーブまで来た時、突然向こうから幼稚園の送迎マイクロバスが現れた。チーが驚いた。恐怖に駆られたらしい。

人間だってビルほどもある物体が、うなりをあげて追ってくれば恐怖を覚えるはずだ。チーはいきなり道路に飛び出し、逃げ出した。その後を、マイクロバスが追うような形となった。

「チー」

私は慌てて追いかけた。チーは道路沿いに逃げているらしい。その後を、マイクロバスが追う。気を利かせて止まってくれればいいものを、マイクロバスは止まらない。

やっと、マイクロバスが止まったのは200mも先で、園児を降ろすためだった。私がそこに着いた時には、だいぶ時間が経過している。私はチーを探しながら走った。マルが事の重大さをまったく理解せず、自分本位の散歩をしようとするのを叱りつけながら走った。

 しかし、私はすぐ体力の限界を感じた。引き返すことにした。

とても、犬の足にはかなわない。


 私は家に帰り、車で探すことにした。マルもついでに車に乗せて、家沿いの道をどこまでも行き、突き当りまで行き右に曲がった。すると『居た』。

「チー」

違った。犬違いだ。不思議そうに見つめるその犬はほっといて、又捜索を続けた。

しかし、チーは何処へ行ったのか姿が見えない。私は、むなしく引き上げた。

家に帰ってから『マルなら、チーを探せるのじゃないか』と考え、「マル、チーを探して来い」と、引き綱を外して放してみた。

アサハカだった。マルは、それほど優秀な犬ではない。ただ、その辺をうろついているだけだ。

仕方ない。マルがあてにならないなら、自分で探すしかない。私は、また車を出した。そうしたら、役立たずのマルが車の後を追いかけて来る。しょうがない奴だ。見つからなかった。行方不明だ。


 私は、チーが帰って来るのを待っていた。しかし、いつまで経ってもチーは帰って来ない。5時すぎ日没前に、もう一度探しに出た。

「居た!」県道わきに潜んでいた。

喜んで近づいてみたら、赤茶色のネコだった。

この寒空に何処でどうして居るのか、人一倍臆病なくせに。腹を空かせているのではないか・・・・。

 私は8時ごろには、帰って来るんじゃないかと根拠はないが考えた。

期待していた。いつ帰って来てもいいようにと、物置のサッシの戸は15cm位開けておいた。

 仕方ない。メシを食って・・・・私の食事は犬を飼い始めてから、おざなりだ。それが、今日の晩飯は格別にマズイ。砂を噛むような味がした。


 7時が過ぎ、8時が過ぎ、9時になっても帰って来ない。今日の寒気は、格別に厳しい。サッシの戸の隙間から、開け放してある居間の開き戸へと流れてくる冷気で、イヤでも実感させられる。

 チーは何処へ行ってしまったのか・・・・。この寒空に震えてはいまいか。

心細い思いをしているんじゃないだろうか。

私は、チーがあわれに思えて、あわれに思えて仕方なかった。


 私は考えを変えることにした。いつまで心配したって、ラチなどあかない。

このままチーが帰らなかったら、私の負担はだいぶ軽くなるじゃないか。

食費も、時間的制約も、気苦労も半分近くなるはずだ。かえって幸いじゃないか。私は自分に言い聞かせた。

私は、気持ちの切り替えが速い人間だとの思いがあった。

過去いろんな失敗があっても、次があるじゃないかと思うようにしてきた。

反省をしないという訳じゃないが、過去に拘泥(こうでい)するのは良くない。反省点は参考にしながらも、いつまでも拘泥するのは良くない。

 それが、今度ばかりはどうも上手く行かない。いつまでも後を引きそうな気がする。

いつも身近にあった温もりを、いつも膝の上にあった温もりを、私を見つめていたつぶらな瞳を、いつも私を見送り出迎えてくれたあの愛しい子を、私は忘れることが出来るのか。

私は、陰鬱(いんうつ)な気持ちで床についた。


 真夜中、不思議な気配で目が覚めた。フローリングの床を引っ掻くような、忙しない足音。

「チー!」

私はガバッと跳ね起きた。照明(あかり)をつけると、確かにチーが居た。

激しくシッポを振り、床を踏みならしている。

「チー!」

私は、急いで駆け寄り抱きしめた。

「おーチー」

チーは、私の顔を激しく舐めた。呼吸が「ゼー、ゼー」と、不気味なほど荒く大きい。身体が冷えていて、オコリのように大きくワナワナと震えていた。

 必死の思いで駆けてきたのか。ようやく我が家にたどり着いて、よほど嬉しかったのか、チーは失禁していた。

「お~、よし、よし。腹が減ったろ。さあ、牛乳飲むか」

チーは、私の出した牛乳をむさぼるように飲んだ。

「しょうがないな。ほら」

マルが見ていたので、マルにも牛乳をやった。

「これも、食うか」

ドックフードを差し出すと、チーは身を震わせながら夢中になって食った。

泣きながら食っているように、私は思えた。

食い終わると、すぐに私の膝の上で丸くなった。時おり確かめるように首を伸ばして私を舐める。独り怯えて震えていたのか・・・・と、思うと改めて胸が痛んだ。

おそらく、車が通るうちは恐ろしくて帰るに帰れなかったのだろう。

やっと車の通りが途絶えたのを見て、それこそ、必死の思いで我が家を目指したのか。

「よし、よし、チー、もう大丈夫だ。よし、よし」

私は、これでやっと長い一日が終わったと感じた。


挿絵(By みてみん)

マル、人相(犬相)良くない


挿絵(By みてみん)

イスに寝そべるチー


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