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犬を飼う  作者: 森三治郎
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1、離職

 ―かなり古い話しです。犬を飼ってた時の頃です。飼ってから十二、三年ぐらいで、犬は死にました。その当時は、ペットロスというか衝撃が大きすぎて、とても辛くてドツボに嵌ってました。

 これは、犬が死ぬ前に記録していたものです。ようやく傷も癒え、私の死ぬ前にまとめておきたいと思いまして。

これは、犬と私の墓碑銘のようなものです。―




 1999年6月1日、私は、思い立ち会社を辞めた。現在、書き進めている『人の行方』という題の小説を、本腰を入れて取り組みたいと思ったからだ。

どうせ、このままウダツの上がらない仕事を続けていても、何も得るものはないと思えたからだ。確かに勤めていれば生活は一応安定だが、それだけのことだ。

私は二兎()を追えるほど、器用ではない。目論見(もくろみ)通り上手く行けばよい。上手く行かなくとも、それはそれでいい。崖っぷちに追い込まれてもいい。

いや、むしろ背水の陣を敷いたほうが、覚悟が定まっていいと思う。

自分自身を安住の地に置いてのほほんと暮らしていては、それでなくとも生ぬるい人間がいっそう生ぬるい人間になってしまう。

私は、何を為さぬまま流れていってしまう。私のいきている意味などないのではないか、とのおそれを覚えたのだ。

 充実した人生、幸せと言い換えてもいい、それは突然空から降ってくるものではない。

また、他から与えられるものでもない。他力本願ではなく、自力で得るものだと思う。

 私には、失うものなど無いに等しい。地位も、名誉も、財産も、家族も、友人も無いに等しい。だから、恐れるものも無いに等しい。


 私は、10年ちかく続けた仕事をあっさりと辞めた。

当分は解約した生命保険と、少し残っていた株を売って(しの)げる。

私は解放感を、ドップリと首まで浸かって味わった。毎日が、日曜日だ。毎日が夏休みだ。

しかし嬉しがってばかりもいられないので、『人の行方』の整理を始めないと。


 『人の行方』とは、私の半生で感じた人類の過誤、主に戦争に代表される愚かな行為など、世の中の様々な矛盾や行き詰まりなどに対し、私なりの答えを模索したものである。

まったくの無名の、貧乏人の、ツテなど何ももたない私が、そういう物を書いても、多分誰も読んでくれないだろう。

 そこで、物語というコロモに包んで、エロとグロと多少のお笑いもサービスして、より多くの人の読んでもらいたい、私の考えを知ってもらいたいと思い書き始めたものである。

 人類は、このまま行けば早晩滅びると思う。滅びなくとも、悲劇的な破綻、壊滅的な打撃を受けると思う。

主旨は、過去、現在の全人類を弾劾し、未来の人類のために現在なにをなすべきか提案することにある。人類を啓蒙するのだ。

 かなり誇大妄想気味だが、私は真面目に考えていた。


 ・・・・が、『人の行方』は、書き出しがバラバラで書き易いもの、興味を魅かれるものを先に書いてあった。ラストの場面を最初に書き出し、次に前半のヤマ場、次が書き始めの部分と書いた。

後で(つな)ぐつもりだったのだが、・・・・これが、なかなか、思ったよりも難儀な仕事で遅々として(はかど)らない。自堕落(じだらく)に時間は過ぎて行く。何故か集中力が続かない。

『そうだ!』ハタと私は気付いた。体力が落ちているから、気力が続かないのだ。

体力と気力は、イコールなのだ。体力をつけなければ、気力は充溢(じゅういつ)してこないのだ。


 そこで、ダイエットをすることにした。私は、決断が速い。

とりあえず、家に体重計があったので乗ってみたら『何ということだ!』体重が85キロもあったのだ。

10年前は、70キロそこそこだったはずで、身長が176センチだったので、まあた、普通かなと思っていた。

私は愕然とした。いつの間にか、デブになっていたのだ。

私は私自身の容姿に、あまり頓着(とんちゃく)しない。体重計は何かの景品で貰った物だが、乗ったことはなかった。

どおりで、『何か足が痛いなあ』という理由が分かった。

85キロもの体重を支え続けていたら、当然、足への負担も大きくなるはずだ。身体を折り曲げると苦しい。多少、太ったかなあ~との認識はあったのだけれど。

 なぜそうなってしまったのか。そういえば、思い当たることがある。

5、6年前に、タバコを止めたのだ。私は決断が速い。

その時の速断、即決は、珍しく軽率な判断じゃなく、良い判断だったと思っている。

その頃から、太りだしたのだろう。


 ダイエットだ。

私はリサイクルショップで『マルチウオーカーDX』なるトレーニング機器を見つけた。

即、購入。私は決断が速い。

それはマルチの名に恥じず、さまざまな機能がある。まずウオーキング、ジョギング、サイクリング、チェストプレス、ローイングなど12種類の運動パターンが可能なのだ。

それにデジタルメーターが付いていて、スキャン機能、スピード、距離、タイマーなど7種類の表示ができる。

 しかし、どうなのだろう。豊富な機能イコール『使い勝手が、いっぱいあって便利』とも思えるかもしれないが、じっさいはケッコウ面倒くさい。

これがトレーニング機器ぐらいならまだしも、テレビやビデオ、ファクスやケイタイ電話、オーディオ機器となると、面倒くさいから難しいになってしまう。パソコンなんか、見ただけでイヤになりそうだ。

 製作者の親切心であろう豊富な機能は、消費者の負担を強いる。ひょっとすると、多機能は消費者の高級嗜好をあおり、値段を吊り上げるメーカーの陰謀ではないだろうか。

私には、多機能は迷惑だ。もっと、シンプルな方がいいと思う。


 いや、ダイエットだった。

私はさっそく朝夕、トレーニングを開始した。黙々とトレーニングを続けて1週間、なんかシンキクサイ感じかして外にでた。

 梅雨の合間の夕刻は、絶好のジョギング日和だ。半端な道路と半端な自然が広がるここ那須町高久地区は、ジョギングに適している。外には木々が生い茂り、稲も青々と伸び、道端の雑草も伸び、余笹川も水かさを増している。

 私はもう『マルチウオーカーDX』が、イヤになった。あんな物は、ハムスターがクルクル回すカゴと一緒ではないか。ローラーをクルクル回したって、なんか不毛な労働をしているようでむなしいだけだ。

 私は、もう『マルチウオーカーDX』を顧みなくなった。


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