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涙の女神と贖罪の剣士  作者: 黎明
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大扉前の戦い

 それから二人は、何度か魔物の襲撃に遭いながらも結界を進んだ。シオンの剣術とレティアの涙術があれば魔物の攻撃は大した問題ではなかったし、怪我をしてしまったときはレティアが涙術で癒してくれた。このまま無事に目的地に辿り着けそうだ。


「この角を曲がって、扉の向こうが祭壇――」


 レティアが言いながら角を出て、それから体を硬くしてぴたりと立ち止まった。ただならぬ様子に、シオンは飛び出してレティアの前に出る。


 レティアの言ったとおり、先には扉があった。結界の空間の広さにふさわしく、恐ろしく大きな白い扉で、壁と同じ意匠の紋様が彫られ、青い石が散りばめられている。壁と違うのは、人の頭くらいの大きさがあろうかという赤い石が嵌められているところだ。レティアの瞳のような真紅色の。


 そして、扉の前には人の姿があった。男と、女。


「やあ、遅かったね。レティア」


 男が、よく通る声を上げた。シオンの後ろで、レティアがびくりと肩を跳ねさせる。


「結界にいれば、手出しされないと思ったみたいだけど。残念だったね」


 そう、そのとおりだ。事実、結界で出遭ったのは魔物ばかりで、今まで人と出くわしたことはない。こいつらはなぜここにいる? シオンはレティアを背後に隠して思考を巡らせた。レティアが、シオンの袖を握りしめた。


 男――20歳前後の若い男だ――は、顎のあたりで切り揃えられた美しい金髪をかきあげて薄く笑う。


「レティアに伴の者がいるとは聞いてなかったな。君、何者だい?」


 男がシオンのことを頭のてっぺんから爪先まで観察しているのが視線の動きでわかった。その無遠慮な視線に値踏みされているような不快感を覚えて、シオンの声音は我知らず低くなった。


「……自分から名乗れよ」


 すると、男は一瞬、ぽかんと呆気に取られたような顔をして、すぐ「はは!」と快活に笑った。


「無礼者!!」


 顔を真っ赤にして大声を出したのは、男の隣に控えていた栗毛の女だ。こちらも男とそう変わらない歳に見える。


「このお方をどなたと心得る! 偉大なるウェール皇国皇太子、ハウズ・パドレ=ウェール殿下であらせられるぞ!!」

「へぁっ、」


 想定外すぎて変な声が出た。


「皇太子ィ?!!」

「殿下、を付けろ、皇太子『殿下』だ!!」


 きゃんきゃん喚く女の隣で、皇太子だという男はころころと愉快そうに笑っている。

 シオンは背中に隠したレティアの腕をそっと掴んで半歩下がった。


(近衛騎士が動いているからには、それなりの地位の者が関わっているだろうとは思っていたけど……、まさか、皇太子、とは)


 どう出るのが最適か、思案していると、男は腰に下げたポーチのようなものから、銀色に輝く筒のようなものを取り出しながら、


「さて、自己紹介はこれでいいかな」


 と言った。声の温度が下がっていた。


「名も知らぬ青年よ」


 男のよく通る声が、冷ややかにシオンを射抜く。


「皇王陛下は、レティアをお側にお連れすることを望んでいる」


 言いながら、銀色の筒の先端をシオンに向けた。輝く白い粒が、(くう)から湧いて筒に集まっていく。レティアがシオンの袖を引いた。シオンは、男と、彼が持つ銀色の筒から目を離さない。


「レティアを、こちらに渡してくれないか?」


 そう言う男の口元は緩やかに弧を描いているが、目は笑っていなかった。声と同じく、冷たくシオンを見据えている。


 シオンは考える。皇王の命を受けて動いているという、皇太子を名乗る男の意向に背くことがどのような結果を招くのか。

 間違いなく、今後シオンは生きづらくなるだろう。レティアが側にいる限り付け狙われる。国が追ってくるのだ、その苛烈さは想像を絶するだろう。

 そして、生きづらくなるのはシオンだけではない。何も知らず、家でシオンの帰りを待っている母も、反逆者の身内として遇される。


 ようやく、イリーナの町で落ち着いて暮らせるようになったのに。


(母さん、ごめん)


 それでも。


(それでも、俺は)


 ちらりと背後を振り返ると、レティアと目が合った。助けて欲しい気持ちはあるが、相手が悪すぎることがわかっていて、シオンに縋りきれないのだろう。そっとシオンの袖から手を離す。恐怖や不安に、赤い瞳が揺れていた。


(俺は、この子を守らなきゃいけない)


 レティアに向かって手を差し出した。レティアは目を見張って、シオンの手と顔を見比べる。この手を取って、本当にいいのか、と逡巡しているレティアに、シオンはさらに手を押し出した。


 取っていいんだ。この手を取ってくれ。


 レティアが泣きそうな顔をして、シオンの手を握った。シオンはその白くて華奢な手を強く握り返した。


 男に向き直る。銀色の筒が輝いている。シオンは力いっぱい叫んだ。


「断るッ!!」


 瞬間、銀色の筒から白い光線が噴き出した。

 シオンはレティアの肩を抱き寄せるようにしてそれを避ける。光線はきらきらと光の粒を残して霧散した。

 栗毛の女が腰に帯びた細剣を音もなく抜き放ち、矢のような勢いで飛び出してくる。シオンはレティアを背後に隠しながら剣を抜いた。


 初撃は突き、次いで外払い、流れるように袈裟斬り、切り上げ、内払い。

 次々と繰り出される攻撃を躱し、いなして、弾き返す。

 女の攻撃には迷いがなく、無駄もない。さすがに力はシオンの方が強いだろうが、剣の動きがとても洗練されている。ひとたび剣筋を見誤ればたちまち切り払われるだろう。反撃に転じる余裕がなく、シオンは防戦一方だ。


 少しの予備動作も見逃さないように打ち合っていると、不意に女がひらりと身を翻した。なぜ、と思った次の瞬間、何かがきらっと光った。


「レティア!」


 シオンは半ば本能的にレティアを突き飛ばし、自身は身を屈めた。案の定レティアは尻餅をつく。二人の頭上を白い光線が突き抜けて、霧散した。男の攻撃があるから、女は場所を空けたのか。シオンが素早く立ち上がると同時に、再び近づいてきた女の剣が振り下ろされる。


「くっ……!」


 それをすんでのところで受け止めて、力いっぱい弾き返した。と、と、と女が数歩下がる。その隙に男の様子を窺うと、また銀色の筒に白い光が集まっているところだった。


「シオン!」


 遅れて立ち上がったレティアが、シオンの背中に声を掛ける。


「あの白い光線は、涙力(るいりょく)の塊みたい。筒に籠めるのに少し時間がかかるんだわ」

「そうなのか」


 不意に遠くから放たれる攻撃はやっかいなので、先に男の方をなんとかしたいが、女が接近を許してくれないだろう。

 シオンと女の実力は拮抗している。二人を同時に相手して、無力化するのは難しい。


「一度、【結界】を離れましょう。元の場所と違うところに出れば、ここは逃げられると思う」


 相手に聞かれないように、レティアが声のトーンを落とす。


「詠唱の時間を稼いでほしい。(ポット)を――」

「わかった」


 できる。シオンはポーチから、先ほどレティアにもらった壺を取り出した。


「へえ、壺か」


 男が面白そうに呟いた。シオンは、壺の窓の部分が掌に触れるように、ぎゅうっと強く握りこむ。すると、壺と掌の触れたところから、かっと体に熱が流れ込んできた。その熱を、体の中心でしっかりと受け止める。熱が、力に変わる。


「……使い方を知っていたのね」


 レティアの驚いた声を背中で受け止めて、シオンは壺をポーチに戻し、剣を両手で構えた。


 (ポット)は、身体能力を強化する呪具だ。魔物の血を満たしておくと、持ち主の筋力などを増強してくれる。作り方が特殊で数が少なく、効果も強力なので一般には出回らず、主に騎士が使う。シオンも、実際に使うのは初めてだ。使い方を知っているのは、身近な人が壺を使っているところを見たことがあるから。


「行くぞ!」


 シオンは女に向かって駆け出しながら、剣を大きく振り上げた。細剣で受け止めるため、女が体の前で構える。


 ガァン! と鈍い金属音が響いた瞬間、女は目を見開き、受けの構えにしていた細剣を横に流す。シオンの剣の勢いがあまりに強くて、まともに受け止めれば剣を叩き落とされてしまうと、瞬時に判断したのだろう。

 ギャリギャリギャリ、と不快な音を立てて、シオンの剣と女の細剣が擦れ合う。シオンはこの攻撃は決定打にならないと思い、すぐさま剣を引いて次の一撃を繰り出した。

 ガン、ガン、ガン! と派手な音が反響する。女はもうシオンの剣を正面から受け止めようとはせず、細剣でいなすようにして勢いを殺すことに徹している。


「くっ……!」


 女は唇を噛み締める。形成は逆転した。


「エミリア、退()け!!」


 男の鋭い声が飛び、応じて女が身を翻した。次の瞬間、男の持つ銀色の筒から光が噴き出す。


 迫り来る白い光線をシオンは見据えて、振り払うように、渾身の力で剣を振った。体中の血が煮えたぎっているように熱い。その熱を、解き放つ。


「はああああああっ!!」


 振り抜いた剣撃が衝撃波を生んだ。衝撃波は白い光線と真正面からぶつかり合って、白い光線を相殺した。バァン! とけたたましい音が辺りに響く。


「な……!」


 男が驚愕に目を見開く。女が後隙を狙って突きを繰り出す。シオンは素早く体勢を整えて、力いっぱい剣を振り下ろし、女の手から細剣を叩き落した。壺の力がなければできない動きだ。


「くっ!」


 女は腰に帯びた短剣を抜き放つ。明らかに緊急用のもので、細剣の予備とも言えないようなものだ。これでもうしばらく大丈夫、とシオンが思ったとき、足元から眩い光が立ち上った。レティアの方を振り返ると、レティアが右手を突き上げて高らかに叫んだ。


「ありがとう、シオン! いざ、【王の居城】へ!」

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