荒天の防空戦
視界が霞むような雨が,それこそ滝のように降りしきる。南洋特有のスコールというやつだろうか。
それにしてもよく降る。いつか基地ごと水没してしまうんじゃないだろうか?なんて思うほどの大雨だ。
「止まないねぇ…この後の哨戒俺達だけど飛べるのか?」
「大丈夫だろ。F-14Eは全天候戦闘機だぜ?これしきの雨で飛べないなんてないだろう??」
「まあそれはそうだけど…やだなぁ,こんな雨に濡れるの…」
出撃の時間になった。
機体は格納庫のあるとはいえ,そこまで行くのに屋根はない。飛行服が濡れるのは当然だろうし,大戸勇平が嫌がるのもわからなくはない。
だが濡れるのが嫌だからという理由で出撃しないなんてのはありえないので,渋々ついてくるカールとともに俺達の機のもとへ向かい,兵装などを装備し終えた愛機に乗り込む。
「なあ寒河江大介,さっきより雨が弱くなっているとはいえ,かなり視界が悪いぞ…事故だけには気をつけてくれよ?」
「分かってる。俺だって事故なんかで死ぬのはゴメンだ」
準備を終え誘導路を進んでいく。降りしきる雨は風防を叩きつけていた。
管制に離陸許可をもらい,ブレーキを解除してアフターバーナーを全開まで焚く。たとえ雨の中であろうとも,魔物の叫び声にも等しき甲高い轟音は飛行場中に鳴り響く。風防の水は風圧で跳ね飛ばされ,空を流れる雨は矢となって機体を叩く。
案外,美しいものだな。音速で見る雨ってのも。
俺達の任されている哨戒コースはニューブリテン島西側〜イリアン島ラエ付近までだ。1時間と少しくらい飛べば,あっという間にラエだが,その上空に少しばかり留まって警戒をしなければならない。ラエはこのイリアン戦争でも最大の激戦地の一つで,2012年冬のラエ攻防戦では上陸から解放までに多数の死者を出した。さらに解放後も大量の航空機を用いてラエを猛攻撃,ラバウルから飛来する海軍航空隊・空軍・能力者空軍らと《ラエ航空戦》と呼称された激戦を何度も繰り広げてきているのだ。
今はイリアン側の戦力が疲弊してきているのかラエ航空戦も少し落ち着き,ラバウル西飛行場に展開する空軍第121戦闘飛行隊が少数機をラエ飛行場に派遣している。しかしそれでは防空力が足りず,施設ごと破壊される可能性も考慮し多数機は派遣できない状況から在ラバウルの部隊がこうやって哨戒に加わってるというわけだ。
「カールどうだ?なにか見えるか??」
「いや…特に何も。…ん?機影か?いやでもこれは友軍機…??」
計器を眺めながら,呟くように言葉をこぼすカール。何かあったのだろうか?
「どうした?なにか見つけたのか?」
「…友軍機だ。雨でレーダー波が減衰してるからわかりにくいが,ラバウルの方から編隊組んで飛んできてるんだし友軍機で間違えない」
「近づいて通信してみたらどうだ?念の為にもさ」
「…だな。じゃ,友軍機のとこまで行ってくれウルフ」
「了解」
「…あれはF/A-13か?」
降りしきる雨の向こうに,特徴的な垂直尾翼と高翼配置の主翼を持った制空迷彩の機体が見えた。こんな雨の中でも一糸乱れぬ編隊を保ち,垂直尾翼は彼らのうち何機かが懸吊する無誘導爆弾の色にも似た吸い込まれるような黒をしてる。
「あいつら…能力者空軍の機体じゃねえか?」
「…のようだな。攻撃任務か何かか?結構なAGMとかを懸吊してるが」
「カール,通信してみろよ。面白そうだしさ」
「了解。…こちらVF-11所属・レッドライダー107。応答願う」
「…AAF第16突撃飛行隊・ブレイヴ1。貴機は哨戒任務中か?」
やはり能力者空軍だ。突撃飛行隊は戦闘攻撃飛行隊にあたるが…まさかファイティングボマーズ――中東のシヴォニスタンで活躍した伝説的な飛行隊だ――だとは驚いたな。
「そうだ。そちらは攻撃任務か?」
「機密事項だ。これより作戦を遂行するので至急哨戒コースに戻られたし」
「俺達も同行していいか?生憎兵装はまだ有るし,ある程度の攻撃はできる」
「哨戒コースに戻れ。助力は必要ない」
「…仕方ねえ,戻るしかないな。邪魔して悪かったな,任務頑張ってくれ」
「……」
機を倒し,反転して哨戒コースへと戻る。伝説的な彼らとともに戦えなかったのは残念だが,正式な任務ではないので仕方がない。諦めて次の機会を狙おう,と考えエンジン出力をあげようとしたその時。
「ウルフ!あいつら攻撃を始めたぞ!!」
「もうかよ!?…折角だし眺めていこうぜ?」
「もちろん。伝説の飛行隊の戦い,しっかりと目に焼き付けようぜ」
「…すごい,なんだあの戦い方は…!」
ファイティングボマーズのジャギュアは6機。そのうち2機が爆装,他はAGMとAAMを装備している。
「一瞬で敵機を…あっ!また1機墜ちたぞ!」
どうやらラエの近くまで敵兵が迫っていたらしく,彼らはそれに対し爆撃を仕掛けたようだ。それを受けてか2,3機の敵機が飛来するも,瞬く間に墜とされていく。ジャギュアは本来戦闘攻撃機として開発された機体であって純粋な戦闘機たる奴らには多少なりとも劣るはずだ。それにも関わらず敵機を圧倒し,MiG-29はおろか最早格上であるSu-27すら,いとも容易く墜としてしまっている。
「なんて技倆なんだ…それにミサイルの軌道も凄まじい…!」
たった今ジャギュアより発射されたミサイルは,驚くほど高い旋回性能を見せつける。どんな回避機動をとっても,チャフ/フレアをばら撒いても,獲物を逃すことはない。
やがてそれは,吸い込まれるようにして敵機に命中した。
「異次元の戦いを見ているようだな…まるで……」
圧倒的すぎるその力は,そんな程度の言葉でしか形容できなかった。いや,形容しようがなかった。
「流石といったところだな…俺達の出る幕はないな」
「だな。まあ凄えモン見れたんだ,とっとと帰ろうぜ」
――震えていた。恐怖ではない。その圧倒的な戦いぶりが,俺の根底にある闘争本能を駆り立てた。
もっと,強く。あれすらも,凌駕するような力を―――!
「クッソ,なんて数だ!」
「ひとまず乱戦には持ち込めたんだ,できる限り墜とすぞッ!」
「くッ…こちらフリーダム7,敵機が2機食いついて離れまs…ッ!?」
「フリーダム7!?応答しろッ!クソッ!…ラバウルラバウル,こちら121FSQフリーダム4!敵機が多すぎて対応しきれない!!既に1機が墜とされた,至急援軍を頼むッ!!」
「こちらラバウル了解,至急友軍を派遣する。それまで持ちこたえてくれ」
「フリーダム4了解。援軍到着までは持ちこたえて見せr…うわぁッ!?」
「フリーダム4応答せよ,フリーダム4応答せよ!…ッ!」
「急いで向かうぞ。あそこを再び奪われるわけには行かない」
15分ほど前,ラエ防空の部隊から援軍を求む緊急電が入りラバウルに駐在する航空部隊の大部分が出撃した。ラエの稼働機は僅か5機しかなく,敵機は分かっているだけでも30機以上。相手にするには度重なる戦闘で戦力をかなり消耗している空軍121FSQと57FASQだけでは足りず,俺達VF-11や同じ東飛行場に展開する203空VF-22までもが出撃を命じられたのだ。
「しかしまあ,準備でき次第出撃とはな。んで僚機はレッドライダー109か。よろしくな」
「おうよ!お前の腕には期待してっからな,ウルフ!」
「ああ。のんびりはしてられないな…GRD,こちらレッドライダー107,フレアファルコンズ2機編隊,駐機場からR/W122Rへタキシング」
「レッドライダー107,こちらラバウルGRD了解。J誘導路を通ってR/W122Rへ向かえ」
「レッドライダー107了解」
今日の愛機は,いつもよりも重い。両翼根元のランチャーにはレールを交換してAIM-9Xを計4本,AIM-120Dを計2本。胴体下部にはAN/AAQ-33照準ポッドを左側パイロンに装備し,他は全てAIM-120D。超長距離迎撃任務時のAIM-54D4発+AAM4発に比べたら軽いかも知れないが,それでもラバウル到着直後で初撃墜を記録したときのような偵察/哨戒時のサイドワインダー2発とAMRAAM2発に比べたら圧倒的に重い。
「やっぱこの重量だとかなり機動力には影響出る筈だぞ…初撃でAMRAAM何発か撃っちまえば軽くなるかも知れないけどな,ウルフ?」
「俺らが着く頃にはもう乱戦状態だろう…視界外から撃てば味方に誤射しかねない。AMRAAMの特性を活かしきれはしないが幸いにも機体はF-14Eだ。インドのようなミスにはならない筈だ」
1960年代から70年代にかけて,南亜・インドにて東西両陣営が争ったインド戦争の話だ。その時は中距離AAM(当時使われたのはAIM-7)を視界外発射した際に誤射が相次ぎ,空軍・海軍は視界外交戦を禁止した。すると当時日本で用いられていた機体の多くはソ連の機体に機動性で劣っており近距離の格闘戦に誘われて撃墜されるということが度々起きていた。故に視界外交戦を禁じることは高機動機の多いストラナー連邦系機を相手にするには余り有利なものとは言えない。だがこの機なら,俺なら―――格闘戦では負けない。コイツの強さと,俺の腕に賭けて。
「レッドライダー107,こちらTWR。R/W122Rに進入せよ。…それと,ラエにやや雲がかかり始めている。戦闘中に荒天状態となるかも知れない,念頭に入れておけ」
ラバウル管制のTWRからそう伝えられ,俺は機を滑走路へと向かわせる。
「レッドライダー107,R/W122Rに進入。TWR,離陸許可を願う」
「R/W122R,風向79度,風速1m/s,離陸を許可する,出発管制に切り替えろ」
「レッドライダー107,R/W122R離陸許可,無線を4番に変更。出撃する!」
アフターバーナーを派手に吹かして,ラバウルから一気に飛び去る。
間に合ってくれよ―――奴らは,俺が…!!
「なんて数の敵機だ…これは本当にまずいぞ!?」
レーダーには40機近い機体の反応が出ている。そのうちの実に25機以上が味方機ではない識別コードを出している…つまるところ敵機だ。
「初撃で何機か当てられるぞ!AMRAAMはこっちで撃っていいか!?」
「周囲の味方機をしっかり確認しろよ…間違ってでも誤射はアウトだ。大丈夫なら任せる」
「了解だ。…レーダーにはしっかり写ってるな……よし3機ロックオン!!」
「っしゃ撃ち落とせ!!」
「FOX3!FOX3!」
3発のAMRAAMが順々に放たれる。各々が,自らのロックした敵機へ向け飛翔していく。
十数秒も経てば,着弾が始まる。さて,当たるだろうか…?
「……1発命中!MiG-29撃墜だ!!…だがあとは駄目か,他は外れだ」
先程放ったAMRAAMの内1発が敵機に命中・撃墜したようだ。距離があるとはいえあくまで有視界交戦だったので当たるか心配だったが,友軍機に夢中だったのだろうか,当たってくれてよかった。
「このまま空域に突入,制空を始めるぞ!空域での管制は早期警戒管制機がやってくれるはずだ,無線を切り替えておけ」
「了解!」
「クッソ!?イーグルアイ,イーグルアイ!こちらライトニング1,敵機2機に追われている!味方をよこしてくれ!!」
「ライトニング1,イーグルアイ了解。…フリーダム9,援護に行けるか?」
「フリーダム9了解!ライトニング1の援護に回ります!!」
駄目だ…このままでは全滅だ。ラエの121FSQこと第121戦闘飛行隊ラエ分遣隊は出撃したF-16CJが5機中3機が落とされ,援軍に駆けつけた121FSQ本隊のF-16CJも5機も1機が被弾・撤退,我々57FASQこと第57戦闘攻撃飛行隊の4機のF-15Eも撃墜こそされていないが追い込まれているのは事実だ。数的不利とはいえ,技倆や機体性能の差で圧倒的有利だ―――なんて思いで出撃したのが仇だったか,奴らは新鋭機のSu-30SMEをはじめSu-27ファミリーの機体を多数投入。従来からの主力機であるMiG-29やSu-22Mを含めて40機近い機数だった。
このままでは本当に危険だ。海軍も駆けつけてくれるというが…できる限りは自分たちで打破せねばならない。
「ライトニングタイガース全機に告ぐ!できる限り2機での編隊を崩さないように戦闘せよ!この差なら各個撃破されて終わりだ。友軍は期待するな!俺たちでラエを守り切るぞッ!!」
「「「了解!!」」」
「よし…ライトニング2,俺の援護につけ。前方のSu-27を…」
「…飛行長!後方に敵機多数ですッ!!」
「何だとッ!?クソッ!!」
その瞬間に,ロックオン警報が俺たちの機を襲う。首を捻って敵機の位置を視認すると,もう相当の位置にまで迫ってきている。これでは,回避も何も―――。
その時だった。
追ってくる敵機のうちの1機が,深く刺さる光の矢に貫かれるのを見た。
直後,その機は黒煙を吹き出し墜ちていく。
何が起こったんだ?
理解できなかった。
奴らを攻撃できる位置にいる味方なんて居ない筈だ。
ならば―――??
「こちら海軍航空隊VF-11・レッドライダー107!!お待ちかねの援軍だぜッ!!」
現れた紅白の隼は,細く畳んでいたその翼を広げて身を翻した。
彼らとなら,生き残れるかもしれない。
いや―――。
生き延びて見せる―――!!