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メソテース

作者: P

 男は飽き飽きしていた。特になににというわけではなく、この世のすべてに飽和していたのだ。することが無いのではなく、むしろすべきことに追い詰められていた。かといって男は動く気にもならなかった。自分に指図するような人は誰もいない。そのことが男を追い詰め、退屈にもさせていた。

 男の人生はまさに驚きに満ちていた。裕福な家庭に生まれた男は、良質な教育を受け、優秀な高校を卒業し、大学に入った。男は常に多才な仲間たちに囲まれていた。自らの知的好奇心を刺激する出来事が次から次へと起こったのだった。男は哲学を志し、事実四年にわたって文学部で学んだ。男は自らの知性に絶大なる自負を持っていた。いつかは神童とまでも呼ばれたこともある。そういう理由でか、男は自尊心の塊になっていた。

 大学を卒業したあと、男は何の仕事に就こうともしなかった。自らが社会に適合しないと感じていたのだ。とうの昔に実家を出たので、生活を支えるのは親からの仕送りのみであった。従って、男は質素で簡単な部屋に落ち着くことを余儀なくされた。しかし男にとってその部屋は、思考を巡らせるのにむしろ好都合であるように感ぜられた。

 そのうち、男は考えることにも疲れた。自らの築き上げてきた世界は、現実においてあまりに空虚で無意味なものだった。それは、ある意味では真理に達したともいえるのかもしれない。しかし、男に残ったのは、時間を費やしたという事実と、ただひたすらの虚無であった。男にとっては、世界はもはや自らの思考の水面下にあるものに過ぎなかった。見出す対象はなくなった。そう感じていた。

 そうは言っても、生きる為になさねばならないことからは避けられない。金については何とかなっても、それをものに変えねば生きるに及ばない。生きる意味を見いだせない中でも、惰性ながら一応生き続けはしていた。食うものを買いに行くのですら億劫だった。朝思い立った食事を、実際に摂るのは昼過ぎになっていた。

 ある日、男は町内会からの川沿いの草刈りイベントについての知らせを受け取った。川沿いといえば、男の住む部屋の前を流れる広い川の、ごろごろとした丸い石がたくさん転がっている岸辺である。そこの草刈りを町内会で行うので、参加者を募るということだった。もちろん参加は任意である。男ははじめ断るつもりだったが、なんとなく外に出る理由が欲しい気もしたし、予定も欲しかったので参加することにした。参加者は軍手を持参するようにとのことであった。男はとりあえず、来週までは生きる理由をこしらえることが出来た。

 その日が来た。怠惰な男は、直前まで軍手の用意をしようと思ってはいたが、当日になっても軍手は男の手元にはなかった。まあ行く途中で買うところでもあるだろうとも思ったが、草刈りは現地集合であり、その「現地」は目と鼻の先であるため、どう考えても軍手を手に入れるには大きく遠回りをすることを免れないようだった。男は集合時間の30分前に部屋を出ることにした。(実際に部屋を出たのは20分前であった。)

 部屋を出たとき、空はその青をすっぽり覆い隠すように曇っていた。草刈りは雨天決行である。況や曇天をや、だ。

 男は川沿いを15分ほど登ったところにあった百均で軍手を買った。ここから集合場所までは走らなければ間に合わないが、別に間に合わそうとも思わなかったので歩いて川沿いを下った。集合時間に10分ほど遅れて到着した。すでに隣人たちは草刈りを開始しており、集合場所の周りの草はおおよそ刈り取られていた。集まっていた人数は15人くらいであった。男は黙って草刈りを始めた。

 無心で草を刈っていた。気付けば2時間たっていた。そして再び気付けば腕のいたるところを切っていた。しかし気付くまでは痛みを感じていなかったし、気付いてからもさほど痛いとも思わなかった。少し休憩でもするかと、ずっと折っていた腰を伸ばして目線をあげると、そこには1メートル長くらいの竹の棒が寝ていた。上流の竹林からでも流されてきたのだろうかと拾い上げてみて、何の気なく振り回してみた。軽い。腕力に自信のない男でも片手でぶんぶん振り回せるものだった。ふと男は自分の住む部屋の方を見た。男のいる場所は自分の部屋の窓のちょうど真正面であった。その窓のところには男の書斎がある。(書斎と言ってもただの机しかないが。)男はニヤリと笑って、何を思ったか右手に持っていた竹の棒を地面にぶっ刺した。そしてくるりと踵を返して、まだ草刈りの終了時間でもないのに川沿いから離れて自分の部屋に歩を向けた。西の空には、少しだけ日の光が差し込んでいた。


初めて小説を書きました。なんとなく考えていることを表現したつもりです。私の表現したいことを汲んでいただけると何よりもうれしく思います。タイトルの意味が理解できたならば私が言いたかったことのほとんどを理解してもらえているのではないでしょうか。要望が多いようでしたら、恥ずかしさに顔を赤くしながら解説を書くかもしれません。

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