花束の意味
きっと後書きは書けない。
八月三十一日、深夜。僕は中学校へと歩いている。
五ヶ月前、僕は一つの音楽を聞いた。大好きな音楽だ。
そこには音楽の中で生き、音楽の為に自死を選ぶ青年の物語があった。
僕には音楽なんてわからなかった。絵画も文学もわからない。――――でも一つ、人生は芸術だと思った。
「人はなぜ生きるのか」という問いを見かける。
「家族のため」
「趣味のため」
「恋人のため」
「社会のため」
「正義のため」
様々応えがある。とても素晴らしく思った。同時に、とても軽率にも思えた。
「人生は芸術である」それだけが僕の答えなのだ。
本当を言えばこれは模倣だ。安易な模倣だ。
しかし大抵の模倣と違うのは、その思想に自らの全てが侵されていることである。そして僕の芸術は、自死でなければならない。
生きることが辛い訳ではない。むしろ楽しんでいる方だ。
尤も家や学校はあまり好きではないが、それらに僕を殺す力はない。僕が僕を殺すのだ。
この明確な自死への使命に、明確な理由や論理など無い。
しかし僕は今夜死ぬ。
二十三時五十二分、僕は中学校の前に立った。
確か今日も部活動があったが、夏休みの間は一日も行かなかったために、終業式の帰りに渡された日程表の上での話に過ぎない。
二十三時五十五分、温い夜風を吸う。
作品名の書き留めた安っぽい紙を校門に貼り付け、四階の音楽室へと向かう。警報音はもう気にするところではない。
なぜ音楽室なのか。なんて誰にも解らないだろう。理由など無いのだから。




