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苺とケーキの関係性  作者: 卅日 丰
1/2

苺がない

 別れた彼女から真っ白のショートケーキが届いた。普通はあるはずの赤い果実は一切載っていない本当に真っ白なケーキだった。

 ホワイトチョコで作られたメッセージプレートには5/22 Happy Birthdayの表記。僕の誕生日だ。

 自分でさえ忘れていた誕生日を祝われたことに驚き、わざわざケーキを送ってきたことに戸惑い、そこに彼女の想いを見た気がして自嘲のために笑った。




 貴方にとって、私は何だったの?




 彼女が耐えきれないように口に出した疑問が、ずっと頭に残っていた。

 僕は質問に答えを返せなかった。咄嗟には何が正解か解らなくて、口籠った。

 恋人だ、と安直に答えればよかったのかもしれない。実際、婚約までしていたのだ。指環も何もない形だけのものではあったけれど、確かに。

 しかし、それをこの場で口にするには余りに白々しく思えて、空虚に過ぎて。

 結局何も言わず押し黙っていた。

 僕は答えを返さなかったが、彼女にとってはそれこそが答えとして十分だったらしい。




 いてもいなくても変わらないってんなら、私、要らないんじゃん。




 諦めたような、傷ついたような、そんな顔をして彼女は荷物を纏め、出ていった。

 僕はそれを止めることをしなかった。今更呼ぼうとしても、魚の小骨のように喉の中からてんで出て来やしない。何を言うべきなのかも、何を言おうとしているのかもわからないまま。身を伴わないくせに引っかかっているのがどうにも気にかかった。




 別に、喧嘩とか浮気とかがあったわけではない。

 ただ価値観が合わなかった。彼女と僕では、相手に向ける熱量が違った。

 そもそも僕は自分の時間を大事にする性質で。恋愛というものもよく解らなかった。寧ろ束縛されるくらいならと敬遠していた節さえあった。

 それなのに彼女は、何が気に入ったのか猛烈にアプローチを掛けてきたのだ。

 最初は疎ましかったけれど、彼女が要領を覚えて過干渉しなくなってからは共にいるくらいでは目くじらを立てなくなった。

 邪魔をしないのであれば勝手にすればいい。そういうスタンスだ。

 それを許容されたのだと理解した彼女が踏み込んでくるのにそう時間はかからなかった。

 付き合うことを求めた。愛し合うことを望んだ。結婚しようと言い出した。その前段階として同棲を決めた。僕は、彼女の提案に一度だって反対しなかった。彼女が望んだとおりになればいいと思っていたのである。

 今回彼女は僕といることに我慢が出来なくなったと言った。赤の他人になることを望んだ。ならば無理にこの関係を続けることもない。それだけの話。




 一年と三か月ぶりに居住人が一人になった部屋は、彼女と彼女の所持品がなくなっても、尚狭かった。

 ミニマリストの彼女の占有スペースは小さく、多趣味な僕のそれが自然広がっていたため、一見して広くなっているようには見えないのだろう。本にゲームに、楽器とパソコンとその機材群。整頓されているにもかかわらず存在を主張してくるために、どうしても部屋を圧迫してくるように感じる。

 寧ろ隣人がいなくなったがために、遠慮する必要がなくなったと横柄に鼻を鳴らしているようにも見えた。

 若干の模様替えをしただけで、まるで元から一人暮らしの部屋のようになってしまった。

 また以前の生活に戻るだけだと、そう語っているような気がした。




 部屋の片づけを終え、一息つくようにキッチンに立った。一人分の食事を用意し、一人だけで食べる。彼女が居なくてもこれぐらいはお手の物。というより、元々家事能力は男性でありながらも僕の方が高くて、一人になっても一向に支障はない。

 食後片づけをしつつコーヒーを淹れ一服。やけに舌に残った苦みに顔を顰めた。




 少し前、彼女が一度だけ連絡なしに朝帰りしたことを思い出す。

 当然、心配はした。けれど、お互い過干渉になり過ぎないことが暗黙の了解になっていたため、こちらから連絡するか否か悩んで初動が遅れてしまった。幸い彼女は早いうちに帰ってきたため黙って何事もなかったように迎え入れたものだった。彼女もまた何事もなかったように振る舞っていた。どうやら表面だけだったらしいけど。

 この時の僕の態度が、まさしく決め手となったのだと今なら推測が付く。当時の僕に知る由もなかったのだけれど。いや、知ろうともしなかったというべきか。それこそ、彼女にあんな言葉を吐かせてしまうくらいには淡白で酷い彼氏だったのだろう。

 ……彼女がいなくなった後で何を言っても仕方ないのかもしれないけれど。




 そしてあっという間に数日が過ぎた。仕事をこなして、積み読みを手に取って、楽器を掻き鳴らして。僕にとってはなんとも変わり映えのない日常。彼女がいなくとも時間に滞りはない。そんな当たり前をただ眺めていた。淡々と。



 持て余した日々を過ごしていたとある休日のおやつ時の午後三時に彼女からの贈り物が届いたのである。手紙もなにもなく、本当にケーキだけ。




 毎月の二十二日はショートケーキの日なのよ。




 付き合い始めにお互いの誕生日の話をしたときに、彼女が言った言葉だ。

 偶然にも、彼女と僕の誕生日は一週間しか離れていなかった。彼女の方が早いのである。そういえば、今年は祝うのを忘れていた。それもまた、限界を迎えさせた一因だったのだと今更気付く。ショートケーキの日の由来は、カレンダーで見たときに22日の上には常にイチゴが載っかっているからだと聞いた。ショートケーキにはイチゴが欠かせないという一つの常識から生まれたのだという。彼女は二人の誕生日が係った由来の話を持ち出して、私たちは共にある運命なの、と誇らしげにしていた。

 それを忘れるだなんて、ただでさえ記念日を忘れるのはいけないと言われているのだから、致命的でない筈がない。




 スポンジの間に桃などのコンポートが挟まれたそのケーキは非常に美味だった。苺があろうとなかろうと、ケーキは料理として完成している。だけど。


 僕はここに苺がないことを惜しみながら、飾り気のないケーキを食べて、哭いた。

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