双子の兄は超モテる!!
僕、真田恒星の朝は早い。
「真田恒星君!! あなたのことが好きです!! 付き合ってください!!」
「ごめんなさい」
前日の放課後に下駄箱に入っていた手紙のもと、告白を受けなければならないからだ。
真田恒星の昼休みは短い。
「真田君!! 一目見た時からあなたのことが頭から離れません!! 好きです!!」
「嬉しいけど、気持ちには答えられない。ごめん」
上級生から下級生まで数々の女子生徒が僕の教室を訪れ、愛を叫びにくるからだ。
真田恒星の放課後は長い。
「恒星君、私と付き合ってくれないかな? 私ならきっと恒星君を幸せにできる!!」
「ごめん、まだ誰ともそういうことは考えてないんだ」
朝から放課後までの間に下駄箱に入れらていた手紙のもと、恋する女の子たちの気持ちに応えなければならないからだ。
まあ、仕方がない。なんせ、真田恒星という男はまさに百年に一度、いや、千年に一度生まれるかどうかの存在だからな。
そこいらのトップモデルにも劣らない顔立ち。
都内でもトップクラスであるこの学校で常に第ニ学年トップを維持し、全国模試でも一桁維持を誇る頭の良さ。
全国大会常連の我がサッカー部の絶対的エースという運動神経の良さ。
さらに聖人とも呼ばれる性格の良さ。
劣っているところが全くもって見当たらない。
こんなスーパー高校生がこの男以外にいるだろうか、いやいない!!
だから、そんな奴が毎日のように告白されるというのはなんらおかしいことはないのだが、
ないのだが!!
「はあぁ、疲れたー!!」
「お疲れ様、衛星君」
「ありがとうございます、生徒会長」
今、俺がいるのは生徒会室で、この学校の生徒会長である三年生の高崎菜々子さんと副生徒会長である二年の俺以外に生徒はいない。
正確には、『俺』は副生徒会長ではない。
さらに言えば、この学校の生徒でもない。
というか、俺は真田恒星ではない。
真田恒星の双子の弟、真田衛星である。
じゃあ、なんで部外者の俺がこの学校にいるかって?
ーーーその理由は夏休み前の今からおよそ3ヶ月前の4月の初めに遡る
「ゴホ、ゴホ!! なあ、衛星。すまないけど今日俺の代わりに学校に行ってくれないかな?」
いつも通り朝はベッドの中に引き籠もっていると、聖人君子様こと俺の双子の兄、恒星がノックもせず部屋に入ってきてそう言った。
「は!? 何バカなこと言ってんだよ?」
「いいじゃないか。今日は食堂で月に一度のプリンアラモードの日なんだ!!」
「それ俺が行っても意味ねえだろ」
「食べてきて僕に感想を教えてくれ!!」
「やだよ!! 第一、いくら顔がそっくりだからって仲いい奴にはすぐバレるだろ!!」
「その辺は抜かりない!! 僕は部活を除けば、いつもまともに話しているのは1人だけだから!! その人には事情を話してる!! あとは適当に話を聞いてれば大丈夫!! それに、部活が始まる頃には体調が良くなっているはずだから!!」
「そんな自信もっていうことでもないし、それにそんな都合よく体調が治るわけないだろ!!」
なんやかんやで最終的には言いくるめられ、ほとんど強制的に、俺は恒星に代わり、学校へ登校することになった。
確かに、適当に話を聞いてるだけで問題なく、バレる気配もなかった。
のだが、
そこで待ち受けていたのは告白、告白のオンパレード。
あいつはこれが嫌で俺と入れ替わったんじゃないだろうかと思うほどだった。
なんとか、その唯一恒星とまともに話すという人の助けのもと、その日は切り抜けることができた。
しかし、その日からことあるごとに恒星は風邪をひき、
「今日は目玉焼きハンバーグの日なんだ!!」
「今日は他人丼が出るんだ!!」
「今日は石焼ビビンバが」
「今日は」
と言った風に俺は結局毎回言いくるめられて恒星の代わりに学校に行った。
今では周に1回の頻度で入れ替わりが行われている。
まさか俺みたいに学校を休むことに味を締めたんじゃないんだろうか。
いや、あの完璧人間に限ってそれはないな。
ーーー時は戻って生徒会室。
「どうですか、もう入れ替わりにも慣れましたか?」
そう問いかけるのは、入れ替わりが始まって以来、完璧なサポートをして俺を助けてくれる恒星の最も仲の良い友達である鷹崎菜々子生徒会長。
黒髪ロングの奇麗系清楚系美女。
さらに恒星には劣るものの勉強の才がある。3学年で常にトップだそうだ。
恒星とは仲の良い友達であって彼女ではないらしい。この人ならばあの異常者にも釣り合うのではなかろうか。
というか、この人以外いないのでは?
「いや、まだ全然ですよ。やっぱり俺は恒星みたいにはなれませんよ。あいつは俺の持ってないもん全部持ってるんですよ。いつボロが出るかわかったもんじゃありませんね」
入れ替わりが始まってから改めてあの男の凄さを思い知った。もう充分わかってはずなのに。
「そんなことはないです!!!!」
突然、会長が立ち上がり、叫んだ。
「衛星君には衛星君のいいところがあります!!」
『衛生にもいいところがあるんだから無理して恒星に張り合おうとすんなよ』
やめてくれ、そのセリフは聞き飽きた。
「恒星君は恒星君、衛星君は衛星君じゃないですか!!」
『衛星君は恒星君じゃないんだから、無理しちゃダメだよ』
やめてくれ
「衛星君にあって恒星君にないものだってきっとあるはずです!!」
それ以上はやめてくれ
「だからめげずにいいところを探」
「やめてください!!」
「っ!?」
「みんなそう言うんですよ。
アイツと同じ土俵で競うからダメなんだって。
最初からアイツは手の届かないところにいるんだから、違うところで戦えって。
お前の良さはそこにはないだけだって」
ダメだ、もう止まれない。
「じゃあ、教えてくださいよ!!俺の良さってなんですか?アイツとは違う俺のいいところを探そうと思ってアイツと違う高校にも行ったし、アイツがやったことのないアーチェリーだってやって、それなりにいい結果を残せましたよ。でも、アイツがやってないことやってそこで結果残して威張って、でも結局アイツが同じことやったら俺なんかよりもよっぽどいい結果残すんだろうなって思って、それでも俺の良さって言えるんですかね?」
闇が溢れる。抑えられない。
「どこに行っても、何をしても、頭の片隅には、アイツなら、恒星なら俺よりもっと上手く、もっとカッコよくできるんだって思っちゃうんですよ!! ただ、双子の弟ってだけで、ただ、顔が同じってだけで、俺とアイツは違う!! そんなことわかってるんですよ!! わかってるんです!! でも仕方ないじゃないですか、勝ちたいって思ったって、アイツより先に行きたいって思ったって。アイツのこと1番近くに見てきたんだから!! 1番近くにいた1番すげぇやつだったんだから!! 憧れたってしょうがないじゃないですか!!」
もう途中から顔を伏せて、勢いまかせに喋っていた。いつのまにか、床の上には俺のつくった汚い水溜りができていた。
言ってしまった。今まで誰にも言ったことがなかった、俺の本音。
ただの負け犬の遠吠え。いや、そもそも勝負にすらなっていないただの犬のただの唸り声だ。
幻滅されただろうか、呆れられただろうか、困らせてしまっただろうか。
顔を上げることができない。会長の顔を見られない。もうここには来れない。
「いつも私の話に笑ってくれます」
そう言って、いつもの優しい笑顔で彼女は俺に微笑む。
「!?」
「いつも私の淹れたお茶をおいしそうに飲んでくれます」
「会長、何を?」
「髪を切ったらすぐに気づいてくれます。疲れていたら、マッサージをしてくれます。どんな愚痴だって嫌な顔一つせずにきちんと聞いてくれます。自分とは関係ないのに生徒会の手伝いをしてくれます。作ってきたクッキーを美味しそうに食べてくれます。帰りが遅くなったら家まで送ってくれます。いつも入れ替わりの日の放課後は生徒会室にきてくれます。私に会いにきてくれます」
「そんなの俺じゃなくたって、誰にだって、それこそアイツにだって」
「できないですよ。
あなたにしかできません。
あなたじゃないといけないんです」
「どうしてそんな」
疑問を呈する俺の声に彼女の声が重なる。
「虐められてた女の子を助けてくれます」
「!?」
「靴を隠され、辛くて泣いていた女の子に優しく声をかけてくれました。
自分の靴を脱いで、その女の子に履かせてくれて、自分は裸足で家へ帰っていきました。外は雨で、傘も取られていた女の子に唯一持っていた折り畳み傘を渡して。
翌日学校に行ったらいじめっ子たちに謝られました。少し後に、1人の男の子がそのいじめっ子たちを懲らしめたと言うのを人伝にききました。
きっとあの時助けてくれたあなただったと思ったんです」
確かに、中学2年の時、下駄箱の近くで靴がないと泣いていた上級生の女子生徒に声をかけた覚えがある。でもあの子は髪はお団子に結ばれてて、めがねをかけていたはずだが。
あの時の俺は自分が汚れることなんて気にしなかった。あの頃はそんなことよりアイツに勝つことの方が大事だったから。
だから、許せなかった。何も努力をしない自分のことを棚に上げて人を蔑む連中が。
幸い、3年生の生徒の間でも問題視はされていた。だからすぐに犯人は見つかった。そして、脅してやった。これ以上いじめを続けるようならお前らの悪い噂を流してやると。
確かにそれらを全部したのは俺だ。
でもおかしい。どうして俺だとわかった?
あの時、あの脅しをするには俺では通用しなかった。ある程度の影響力のあるやつじゃないといけなかった。だから、俺はあの時、今のように衛星じゃなくて、恒星だったはずだ。なのにどうして、
「どうして俺が衛星だと気づいた?
って思ってます?」
「!?」
「分かりますよ、分かるに決まってるじゃないですか。
まず、目つきが違います。恒星君と違って衛星君は少し目つきが悪いです。恒星君に勉強で勝つため、寝る間も惜しまず勉強してたからですかね?」
そうだ、少しの時間も惜しかったんだ。
「それに、衛星君の手の甲には少し薄い傷があります。おおかた、木の上に登って降りられなくなった猫を助けようとしてひっかかれたんじゃないんですかね?」
木の上から、悲しい声が聞こえたんだ。結局助けたのにひっかかれて、やっぱり俺はダサいなって思ったんだ。
「他にも、身長が少し衛星君のほうがちいさいですし、笑った時に、恒星君は右の頬が左の頬より少し上につり上がりますが、衛星君は左の頬のほうがつり上がります。衛星君のの爪はとても奇麗です。衛星君の優しい声は胸に響きます。とても安心します。衛星君の匂いは私を虜にします。それに」
「もういいです!! よく分かりました!!」
「む、まだ言い足りません」
「いえもう充分です!!充分分かりましたから!!」
もうこれ以上は俺の身が持たない。途中から俺の声やら匂いやらの話になっていたし、恥ずか死ぬんだが!!
「私はあなたたちならこの辺りで最もレベルが高いこの高校に来ると思い、猛勉強してこの学校に入学したんです。高校デビューもしました。お団子を下ろしてストレートにして、メガネもコンタクトにしました。私に見惚れて欲しかったからです。案の定、恒星君が入学してきたのでやった!! と思ったんです。恒星君がいるならって」
疲れたんだ、アイツの隣にいるのは。
「どれだけ探してもあなたを見つけることができませんでした。恒星君に聞こうにも彼はいつも人に囲まれていました。だから、生徒会長になることにしました。生徒会長なら、生徒名簿を見れるからって。
だから、頑張って選挙に勝って生徒会長になって生徒名簿を見た時絶望しました。見落としたんじゃないかって、何度も何度も見返しました。それでも見つけることができなかった」
疲れたんだ、アイツのそばで頑張り続けるのは。
「だから、前の副生徒会長が転校して恒星君が4月から新しい副生徒会長になった時、チャンスだと思いました。あの人にもう一度会うことができる最初で最後のチャンスだって」
もしかして、そういうことだったのか。
「恒星君から衛星君は恒星君とは別の高校に行ってるというのを聞きました。そして」
アイツがまた、余計なお節介をかけてきたのかと思っていた。
「衛星君が1年生の終わり頃から学校に行ってないことを聞きました」
俺のことなんてアイツ以外誰も気にしないって思ってたんだ。
「だから、頼んだんです。衛星君をこの学校に連れてきてくれませんかって」
みんな俺のことをアイツの弟って見てると思ってたんだ。
「ああ、やっと会えたって思いました。
でも、それと同時に辛かった。
あなたが辛そうにしているのが。
辛いことを私に言ってくれないのが」
なにより自分自身が1番そう思っていたのかもしれない。
「私はあなたに救われたんです。
恒星君に、じゃありません。
恒星君の弟に、でもありません」
でも、この人は違ったんだ。
「真田衛星君、あなたに救われたんです」
ずっと、俺を、真田衛星を、見てくれていたんだ。
「ずっと会いたかった。ずっと伝えたかった。
好きだよ、
衛星君」