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楼のように

 そのあと、亨は少し叱られてから、探索を再開した。灯下に付いて街を回り、荷物持ちをしながら、灯下が瓦礫の中を漁る様を見ていた。


「これはいいですね」


 灯下は何かを拾い上げて、亨に見せてきた。どうやら皮でできた手袋のようだ。


「少し修理すれば、使えそうです」


「なるほど」


 ところどころ、穴があいていたり、縫い目が解れていたりしたが、きっちり両手揃っていて、素材も丈夫そうだった。


「亨さんも、何かに使えそうなものがあったら積極的に収集してくださいね」


 灯下はそう言いながら、瓦礫の間からはみ出ていたロープのようなものの端っこを掴んで引っ張った。


 ロープは瓦礫の間からするすると引っ張り出され、その全貌を現した。しなやかな長いロープだ。


「これもいいですね。赤羽さんに見せたら喜びそうです」


「なにに使うんですかね」


「さぁ。私たちには想像もつかないようなことをしてくれるでしょう」


 と言って笑う灯下の手が、突然止まった。


「どうしました?」


「静かに」


 囁かれたその言葉に、亨は咄嗟に口を閉じ、体の動きを止めた。


 心臓まで止まったかと思うほどに、亨の態勢はピクリとも動かなかった。それはとっさの判断で、決して状況は理解しての行動ではなかったが、すぐに灯下の言葉の意味がわかった。


「トルガです」


 トルガとはつまり、例の巨人のことである。グリマヘイトの街ではみんな巨人のことを総称してトルガと呼ぶらしい。


 灯下のささやきを打ち消すように、地震のような揺れと轟音が等間隔に身体に刻まれてゆく。ピクリともしなかった亨の背筋はピンと伸びきって凍った。


 その揺れの震源はすぐに姿を現した。といっても、おびえる亨が見たのはちいさな廃屋の入口から覗いた大きな足だけだった。その足は森で見たような濁った緑色ではなく、不気味な青色をしていた。


「あれがトルガです。亜種ですが――そんなにおびえなくとも、黙っていれば何もしてこないですよ」


 亨にとってとても信頼を置いている灯下の、信頼の置ける言葉ではあったが、どうしても脳裏には森での恐怖がよぎってしまう。


 一方で、その恐怖のイメージに爾の思考は支配される。


 島野と共に別行動をしていた爾は、その巨大な身体を認めた瞬間、駆けだした。音に耳を澄ませていた島野は、恐怖と賊心に駆られた爾を止め損ねる。


「爾! どこだ!? 返事をしろ!」


 爾が居なくなったことに気づいたのは、既に爾が巨人に向かって走っていった後だった。


 爾は後先考えず、感情に身を任せ、腰に挿した短剣を抜き、勢いよく巨人に飛びかかる。そこで初めて気づくのは、その巨人が、森で見たものの一回りも二周りも大きいということだ。


 ――森で君を襲った巨人。あれは子供だよ。


 当然力も強いらしく、飛びかかった爾は巨人に刃を立てることもできずに、何気なく歩く巨人の足で、簡単にけり飛ばされてしまう。


 蹴り飛ばされたというよりは、歩行する巨人に当り負けたと言った方がより如実であろう。勝手に攻撃を仕掛け、相手にもされず振り払われたのだ。


 爾は振り飛ばされながら、態勢を立て直し、壁に足をついて勢いよく壁を蹴った。そのまま巨人に刃先を向けて無謀にも身を投じようとした。


 しかし、勢いを乗せた爾の体は何者かに止められる。首根っこを掴まれ、建物の影に運び込まれた。何が起きたか分からずにもがく爾を見て、口を開く。


「お前、何者だ。亜種のトルガに身一つで挑むとは」


「・・・・・お前こそ誰だ。なぜ止めた」


 爾はやっと落ち着いて、聞き返した。


 黒髪に、墨を垂らしたような黒く淀んだ目をした青年。黒い服に黒いズボン、その下には黒いタイツ、黒い手袋をしている。その腰には黒いベルトが巻かれていて、何やら物騒なものをいくつかぶら下げていた。


 青年の答えを聞く前に背後から声がした。


楼尾吟(ろうび ぎん)


 ――久しぶりだな。


 いつからいたのか、そこには赤羽が立っていた。


 決して顎を引かず、挑発するようなたち振る舞いと、どこか余裕のある表情、すべてを見通しているとでも言いたげな目つき、年相応とは言い難い口のきき方が総じて、どんな時でも優位を取ってしまう。


 赤羽はいつだってそうだが、今回はそれがさらに空気を重くしているように爾は感じた。


「赤羽。久しぶりだな。まだそんなことをやっているのか」


「ああ。これが俺のやるべきことだ」


「ふっ、浅慮の至りよ。お前はもっと、頭がよかったはずだ」


 楼尾は鼻で笑って続ける。


「巨人を殺して、一体何がしたいんだ」


「巨人を殺して、再び世界を取り戻す。この星はかつて人間のものだった。人間だけの、幸せな世界だったはずだ」


「やめておけ、犠牲が増えるだけだ。そうやって大義名分を背に本当は自分が勝ち誇りたいだけじゃないか」


「それの何が悪い。利害は一致している。お前だって力を求めて、ありもしないものをずっと探しているじゃあないか。手掛かりはあったのかよ」


「神器は確かに存在する。神器があったからこそ、今があるんだ。神器は世界を覆す」


「あーあー、分かった。もういいさ。帰ってくれ、爾はこっちの大事な戦力なんだ」


「ふっ。まあいい。どうせまた何度でも出くわすだろう。お前が過ちに気付くまで」


「いい加減、その古い脳みそ、溶かしてやろうか?」


「やってみろ。それができればお前を止めるものはいなくなる」


 楼尾は振り返って今度は爾に言う。


「少年。君はきっと強いのだろう。思想の話はこれ以上するつもりは無いが、ただ、自分の命の価値をしっかり考えてみることだ。君はきっと私にも、赤羽にも出来ないことを、成し遂げる」


 楼尾はそう言い放って、街の中へ姿を消した。


「真に受けるなよ。あんなのは相手にしなくていい」


 赤羽は調子と口調を取り戻し、そう言いながら爾に手を伸ばした。


 しかし、爾には気がかりでしかたなかった。


 巨人の姿が見えなくなると、灯下が亨を連れて駆け寄ってきた。


「二人とも無事ですか」


「ああ、こっちは大丈夫だ。島野は後で叱るとして、羽癒が向かいの建物に隠れてるから、急いで回収して、とっとと帰るぞ」


「! それは帰還ということですか!?」


「そう言ってるだろ。こんな状況じゃ続けられない。すこし短いが、二人にとっては最初の遠征だ。今回はここまででいいだろう。帰る前にあそこに寄っていく」


 赤羽たちは遠征を早めに切り上げて、森へ帰ることにした。


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