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廃街

 朝になると、全員が集合した。赤羽は、今、街に遠征の報告をしているようだ。こんな早朝から、大音量で。


「もうみんないたんか! じゃ、いくぞ」


 最後に赤羽が来て、出発する。


 6人が縦列をなして、森を進んでゆく。


 しばらくして森を出ると、すぐに広い街並みが視界に飛び込んできた。道は広く塗装され、丈夫で巨大な建物が立ち並んでいた。それは地下に建つあの白い建物によく似ていた。


 爾はあまりの壮大さに言葉が出なかった。真っ白な丸い塔のような建物が、これでもかと、どこまでも立ち並んでいた。


「こ、これが――街?」


「ああ、そうさ。巨人たちが俺たちのもとあった家の上に立てた街だ。行くぞ」


 赤羽は驚く二人の顔を横目にすたすたと歩いてゆく。


「ここからは周りによく気をつけて進んでくださいね」


 灯下がそう言って、赤羽の後を追う。


「ほら、いくぞお前ら」


 島野に連れられて、二人も足を進めた。


 街は遠くで見たよりも大きく、いざ実際に踏み入れて広すぎる道を歩くと、高野にでもいる気分になる。


「巨人はいないんですか?」


 亨が恐る恐る、灯下に尋ねた。


「ここはあまりトルガのいない地域ですから、なかなか出くわすことはないですね」


「そ、そうですか。い、居るんだ」


 安心させるつもりで包み隠さず発せられた灯下の発言に亨は腰を震わせる。一方爾は、念願の巨人との対面を期待して目つきを鋭くして、ずんずんと道を進んだ。


 街の大きすぎる建物の足元には、もとあった人間の住処らしきものの跡がかすかに残っている。赤羽たちは廃れきった建物に這入っては、慣れた手つきで建物内を物色をする。缶や壊れた電子機器など、手頃で使えそうなものは何でも手にとって、荷物をふやしていった。


「ちょっと来てくれ」


 赤羽の声に全員が集合した。


「あれ、羽癒はどうした。灯下の管轄だろ」


「それが、どうしても言うことを聞かなくて、すぐそこに居るんですけど――」


「羽癒は言っても聞かないから諦めるとしても、流石に誰か見張っておいた方がいいよな」


「じゃあ私が」


「いや、お前はできれば付いてきてほしい」


 羽癒の元へ行こうとする灯下を赤羽が引留める。


「じゃ、じゃあ。僕行きますよ!」


 亨が名乗り出た。亨は自分にできることはなんでもやるつもりだった。チームに貢献できる数少ないチャンスを惜しみたくなかったのだ。


「うん、そうだな。悪い、羽癒のやつは気づいたら消えてるから気をつけてくれ」


「は、はい!」


 赤羽の承諾を得て、元気よく返事をすると、亨は羽癒のいる建物の方へ走っていった。


「う、羽癒さーん?」


 亨は物陰からゆっくりのぞきながら羽湯に声をかける。


 羽湯はボロボロの椅子に座って、天井の陰から洩れた日差しを頼りに一人で本を読んでいた。その姿はまさに可憐と言ったようすで、背景とのミスマッチ感が、どこかセンセーショナルな雰囲気を醸し出していた。


 羽癒はこちらに気づくと、急に姿勢を崩して、伸ばしていた足を引っこめ、終いには持っていた本で顔を覆い隠した。


 亨はこの不思議な雰囲気にのみ込まれないように慎重に歩みを進めて羽癒に近づいた。


「あ、あのー」


「なに」


 顔を隠しながら、返事する羽癒に戸惑いながらも、初めて聞いたかもしれない彼女の声に少しドキッとする。実際には森の中で一度聞いているのだが、確かにここまでしっかり聞いたのは初めてだった。


「え、いや。赤羽さんにここを頼まれて」


「ここ? じゃあ私どっかに消えた方がいい?」


 羽湯は平坦な口調で質問を重ねる。


「いや、というよりは、貴方の監視を頼まれたというか――」


「・・・・・そう」


「は、はい」


 亨の返事を受けて納得したのか、羽湯は本を足の上におろして、読書を再開する。羽湯の掴みどことのなさに困って、すっかり立ちつくしている亨に、羽湯が言った。


「そこ、邪魔」


「え?」


「邪魔、光が」


「う、あ。ごめん!」


 どうやら亨の体が日光を遮って、影を作ってしまっていたらしい。亨は気づくと、あわてて横にそれてその場で動けなくなって直立する。


 日差しが入って、羽湯の膝の上に置かれた本が照らされると、羽湯は何事も無かったかのように再び本を読み始めた。


 日の色で満たされた空間に、ページをめくる音だけが聞こえる。


 直立不動でじっと見つめている亨を構うこともなく、羽湯は淡々とページを進めてゆく。突然、亨の方を見たかと思えば、目をじっと見て、


「なに」


 と呟くように尋ねた。


「い……」


 亨は言葉を詰まらせた。それでも羽湯はじっと亨の目を見つめる。その綺麗な瞳に息を飲む。


「い? 顔に何か、ついてる?」


「い、いや。なに……読んでるのかなあ――なんて」


「これ?」


 亨はついに羽湯の瞳から目をそらし、横を向いたまま会話を続ける。


「うん……!」


「これは小説。戦争の物語」


「せ、戦争……」


 亨は気になって少しだけ本に目をやる。


「本、興味、ある?」


 亨は横を向いたままゆっくり首を下に振った。


「まあ、ないわけじゃないけど、でも文字あんまり読めないし」


「へー」


 会話の間を埋めるように、ページがめくられた。羽癒は本を読む手を止めることなく、淡々と会話をする。


「珍しいね」


「え? いや僕は」


「だって、うちの人たちは、みんな本なんて読まない」


「た、確かに」


 上の三人や爾も、皆どこか攻撃的で好戦的で、本なんてものに興味はなさそうである。むしろ本を見つけたら鈍器として使ってしまいそうな気すらした。


 灯下は唯一の頭脳派ではあるものの、亨は今まで、彼が読書をしているところを見たことはなかったし、きっと読書はあまりしないのだろう。


「でも、本って、いいよね」


「うん」


「わかる?」


 羽湯はページをめくる手を急に止めて、亨を見て首をかしげた。


「う、うん」


 その返事を聞くと、羽湯はふふっと微笑んでまた本に視線を落とす。


「この家は本がたくさんある」


 そう言われて改めて周りを見て見ると、確かに床には無数の本が散乱していて、ボロボロではあったが、大きな本棚が二つあった。


「きっとこの家の人も、本とか、読書とか、好きだったんだと思う」


「うん」


「私もここの本、すき」


 亨は足元に転がっていた本を、一冊拾った。本の砂ぼこりを払って題名を読む。


「し、しょうねんの、なんて読むんだろ?」


「ん?」


 その時羽癒は初めて立ちあがって、亨の手元を覗いてきた。


「あ、これは、穿ち(うがち)、だと思う。だから、少年の穿ち」


「少年の……穿ち」


「意味は、私も、よくわからない」


 と平坦な口調で、そう答えてから、また読書に戻った。亨はじっとその本の表紙を見つめている。


 分厚い表紙をめくると、いきなり大量の文字列が現れた。


「うっ!」


「大丈夫……?」


「文字量が」


「それ、多分、難しい。他の、もっと、簡単な本のほうが」


「いや! これで、これでいいです。頑張って、読みます」


 そう言うと、羽癒は優しく微笑みかけた。その笑顔に亨はまた動揺する。


「亨さん、羽癒さん」


 そこに、灯下が背後から声をかけた。


「あ、灯下さん。もう終わったんですか?」


「はい。そろそろお昼ごはんにしましょう」


「わかりました」


 そう言いつつ羽癒の方を確認すると、羽癒はまた本で顔を隠していた。灯下が来たからなのか、またふりだしの状態に戻ってしまった。


「羽癒さーん」


 灯下は亨と目を合わせてから苦笑いを浮かべると、


「羽癒さんをお願いできますか?」


 と言って返事も待たずにどこかへ行ってしまった。


 そんなお願いを、されても、亨も初めて会話をして数十分経った程度で、どうすればいいのかまだ分からなかった。しかし頼まれてしまった手前、このまま引き下がるわけにも行かない。


 もしかしたら、これは灯下からの課題、いわば試練を突きつけられているのかもしれない。


 亨はそう思うことにして、とりあえず声をかけてみることにした。


「あのー羽癒さん」


 羽癒は顔を覆ったまま、応えた。


「なに、亨」


「亨!?」


 つい驚きと動揺が声に出てしまい、亨は泡を食って自分の口を塞ぐ。


 すると羽湯はひょいと本を下ろして、亨を見た。


「私、人と話せない」


「え、あ、なにか」


「緊張して、言葉でない。顔も見られない」


「は、はい」


 亨はピンとこない表情を浮かべて首をかしげた。


「じゃ、じゃあ因みに、僕は……?」


 それを聞くと、羽湯は今更思い出したように、緊張が蘇って赤面しだし、本を開いて顔をゆっくり静かに隠した。


 どうやら亨は発言の選択を間違えてしまったらしい。


 声をかけてみても、反応はない。


 亨は手に持っていた本を背負っていたバッグに仕舞って、羽癒を置いて、その場を後にする。


 どういうわけか口を聞いてくれなくなったので、仕方なく亨は仕方なく灯下に助けを請うことにしたのだ。皆は少し離れた開けたところ集まって、昼食をとっていた。


 そこにとぼとぼと歩いてくる亨を爾が見つけて声をかけた。


「おーい亨ー! こっちこっちー! もうみんな食べ始めてるぞ!」


「亨さーん? 羽癒さんダメでした?」


 亨は駆け寄ってきて、答えた。


「なんか、すねちゃって……」


 それを聞いて、赤羽が大義そうに立ち上がった。


「まあしょうがないわな。俺が行く」


 しかし、亨が止めた。


「待ってください。僕がもう一度行ってみます!」


 亨は何としてでも、革命軍の役に立ちたかった。無力な自分が足を引っ張ってしまうのが嫌だったのだ。それと、このままずっと羽癒と話せなくなってしまう可能性を恐れていたという面もある。


 羽癒に対して何か別のアプローチを仕掛けようと、亨は考えを練る。


「羽湯の分のご飯、貰えますか?」


「あ、ああ、はい」


 亨は羽癒と自分の分の食事を受け取ると、羽湯の居る所まで運んだ。


「羽癒さーん……?」


 期待を含めて名前を呼んでみたが、羽癒はずっと本を顔の前で開いて、その状態を保っている。


「ご飯あるんですけど」


 期待していたような反応はない。


 恐る恐る近づいて、羽癒の側に腰かけた。羽湯を見ても、動く気配はない。


「あ、パンと茹でた芋がありますけど、食べられますか?」


 亨は問いかけるが、しかし彼女はうんとも寸とも言わない。


 ところが、よく見ると、本の下から小さな口が顔を出していた。しかもその口があんぐり全開に開かれているではないか。それに加え、かすかに「あー」という声が聞こえる気がする。


「え……」


 亨にはその口が小さくちぎったパンを求めているように見えた。試しに、パンを小さくちぎってみる。考えるのはやめて、本に生えた口の中にパンを突っ込んだ。


 口の生えた本は、一瞬噎せた後にしっかり咀嚼して、飲み込んだ。そしてまたその口をあける。


 これはつまりそういうことなのだろう。亨は無理やり理解した気になって、考えるよりも先に、まずパンをちぎった。


 そして本に与える。しかし今度はパンが口に入った瞬間、本は首を横に軽く振った。どうやらお望みはパンではなかったらしい。ならばと、茹でた芋を手に取った。


 ところが、亨にはこれを裂断する手段がなかった。まさか茹でて柔らかくなった芋を手で抉るわけにもいかない。判断できずに当惑する亨を、「あー」と言いながら本が責め立てる。


 どうしようもなくなった亨は、思い切って芋をそのまま本の口に突っ込んだ。本の小さな口に、皮も付いたままの丸い芋が填った。


「んん~!!! ん――ー!!!」


 本の息苦しそうな咆哮と共に本の仮面が剥がれおち、その正体を現した。本の下には、なんと羽癒がいた。


「あ、ああ!!」


 亨は慌てふためきながら、芋を羽湯の口から取り外した。


 羽湯は芋の一部を食べてしまったようで、口をモサモサ動かしていた。


「むじゅっ! み、みじゅっ!」


「水!? そんなもの、あ、ああ!」


 亨はバックの中にいれていたスープポットの存在を思い出した。


 すぐにバッグからポットを取り出して、開ける。中には野菜の溶けだした暖かい具なしスープこれをマブカップに並々注いで羽癒に手渡す。


 受け取ると、羽癒は豪快に飲んだ。



「あっつい!!!!」


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