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赤羽の国

「大丈夫……?」


 ふと聞こえた声に、消えかかっていた意識を取り戻す。少年が不安そうな顔をして爾をを見ていた。


「大丈夫だ」


 爾は目だけを動かして少年の姿を確認すると、気力のない声でそう応えた。


「大丈夫なわけないよ。こんなところで寝てたらあいつ等につかまっちゃう」


 少年は、拒む爾を構い、肩をかして立ち上がらせる。しかし、爾は走った時に足をくじいてしまったらしく、うまく立てない。


「無理はしないで。ゆっくりとりあえず隠れられる場所まで行こう」


 少年がやけに馴れ馴れしく爾に構ってくるので、爾はつい言葉をこぼした。


「ここでいい」


「そんな、いいわけないよ」


「いいんだよ、別に。俺に構うな」


「君は、死にたいのか!」


 爾はひとつ息を置いて、答える。


「もう、死んだ――ついさっき、全てを失った。家も家族も、生きる意味も、もう何も残っていない」


 絶望する爾に、少年も言葉を失う。


「どうして生きてなきゃいけないんだ。こんな、こんな世界で、俺だけが生きてたってなんの意味もない」


 かける言葉を探した末に、亨は訊ねる。


「貴方、名前は?」


「――遠山爾」


 爾は静かに答えた。


「爾。そうか。僕の名前は原田亨(はらだとおる)。ここで会ったのも何かの縁だと思うんだ。よろしく」


「聞いてない。もう構わないでくれ」


 爾はうつむいたまま、差し出された手を拒絶する。この時もまだ、あの地獄のような光景が爾の頭の中をぐるぐると回っていた。


「随分と無愛想だね」


 少年は急に分かったようなことをいいだす。


「貴方も僕も、色んなものを失ったけど、それでも」


「一緒にするな」


 爾がそういうと、亨は少し言葉を詰まらせて


「僕も、いろいろ失った。そりゃ、貴方ほどじゃないかもしれないけど家とか、今朝の野菜スープとか」


「頼む。黙ってくれ、一緒にしないでくれ」


 爾は無意識のうちに亨の顔の目の前で怒鳴っていた。亨は恐れることなく、話を続ける。


「ごめん。悲しくても、とりあえず朝ごはん食べて、服を着てから。考えるのは、それからでも」


 爾は自分の服が肌蹴ていることに、今指摘されて気づいた。服は切り裂け、所々血が滲んでいた。

 これが爾の血なのか、はたまた母の血なのかは、わからない。ただ赤く染った布切れが、あの地獄のような光景を想起させるだけだった。


「そんな恰好じゃあ先が思いやられる。とりあえず服になりそうなものを――」


 そうは言っても亨も布一枚羽織っているだけで、爾に分け与えられるものなどなかった。


「先なんて、あるのか」


 爾がまたしてもそんなことを言い出す。その言葉に亨も思わず返す言葉を見失う。


「あんなの、初めてみた。こんな恐怖」


 途切れた会話を紡ぐために、亨が話題を変えた。


「あぁ」


 するとまた地面が強く揺れ始めた。その振動は2人に恐怖の感情を受け付けるのに十分な激しさだった。


 2人は恐怖に任せて、咄嗟に木陰に身を隠しやり過ごす。すぐそばを大きな緑色の足が通り過ぎた。緑の巨体を横目に二人して身を縮めて隠れる。


 巨人の背中が見えなくなったその時だった。


「いったか」


「やっぱりこんな所にいたら命がいくつあっても」


「こっち!」


 どこからか、女の声が二人の会話に割り込んできた。


 柔らかくも甲高いその声が、少し光葉に似て聞こえた気がして、まさかと思い爾はすぐさま辺りを見回す。どう考えても、誰が見ても、それは淡い期待でしかなかったが、そんな微かな可能性に縋ってしまうほど爾は傷心していた。


 見回すと、木の側に白い服を着た少女の姿が見えた。彼女が声の主であろう。


 やはりというか、当然のごとく光葉ではなかったが、光葉によく似た綺麗な瞳をしていた。光葉は爾のような青の混じった漆黒のつやのある髪を一本に束ねていたが、この少女はそれに反するような純な白髪を、腰の位置まで伸ばしていた。


 少女は儚い視線を残して、森の奥へかけて行く。爾はあわててその視線を追いかけた。亨も引っ張られるようについて行く。


「おい待て!」


 必死に追いつこうとするものの、足に怪我をおっているこの状況では、少女のなびく白い髪を目で追うのが精いっぱいだった。


 少し森を進んだ所で、すぐに姿を見失ってしまった。辺りを注意深く見渡すと、遠くでそよ風に揺られる草木の中をかき分けてゆく少女の姿を発見した。


「待てって!!」


 懸命に走る二人だったが、少女は二人を振り返りもせず、そそくさと小さな洞窟の中に消えていった。


 穴の入口までたどり着いた二人は、不思議に思いながらも、興味本位で洞窟へ足を踏み入れる。


「なんで、追ったんだ」


 亨は息を切らしながら今更そんなことを訊いた。


「分からない。でも、他に行く宛てもないだろ」


 洞窟の中に二人の会話が響く。明らかに人工であろう光が等間隔に灯っているものの、洞窟の細い道は暗く、どこまでも続いているようで、薄気味悪かった。


 洞窟の続く方向に進んでいくと、しばらくして、奥に光が見えた。洞窟が薄暗いのも相まってかなり強い光に感じた。


 爾は光が見えたのが嬉しくなって、そこに向かって走り出した。しかし、すぐに急停止する。外でもなければ、ましてや道すら続いていなかった。その一歩先はがけだったのだ。


 突然止まった爾を見て亨も隣に駆け寄った。


 そこで二人は衝撃の光景を目にする。洞窟の中とは思えないほどの広い空間が、そこに広がっていたのだ。奥行き天井共に二人の想像し得る範囲をはるかに上回っていた。


 その広い空間には建物がびっしりと敷き詰められており、人も沢山いるようだった。その街のど真ん中にそびえ立つ一つの巨大な白い建物に二人はさらに目を疑った。天にも届きそうなその真っ白な塔は天井の高さを更に際立たせていた。


「おいおい。何だこれ」


 2人が唖然としていると、何者かが後ろから二人の肩にてをのせた。


「「!!??」」


 二人は驚きのあまり腰を抜かし互いの肩や腕を握りがら、すぐさま背後を確認する。


「おお。何もそんなに驚かなくてもいいだろ」


 振り向くと、黒い服を纏った青年が立っていた。


「誰ですか!?」


 亨の震えた声に。青年は陽気な顔をして答えた。


「俺は赤羽。革命軍のリーダーだ」


「革命軍?」


「そ、革命軍。というかお前たち羽癒(うゆ)に連れてこられたんだろ?」


「う、うゆ……?」


「誰ですか、それ」


 赤羽は面倒くさそうな顔をして頭をかく。


「あー、えーと、白髪ロリ?」


 二人はすぐさま納得し素直に首を縦に振る。森の中で2人を呼んでそのまま姿を眩ませたあの少女のことであろう。


「道に迷ったのか? まあいい、お前たちは本来こっちじゃなくて下に行くべきだったんだよ」


「下って、どういうことですか」


 赤羽はがけの淵に寄って、下を指さした。


「ほれ、下よ。街のこと」


 二人はきょとんとしたまま赤羽を見つめる。


「まあいい。ついてこい」


 戸惑う二人を置いて、赤羽は今来た道を戻ってゆく。


 二人は慌てて立ち上がって、言われるがまま黙ってついてゆく。来た時には暗くて見つけられなかったが、どうやら道の側に細い分かれ道があったようだ。


 赤羽は慣れた足取りでその道を進んでいく。


「あの、その。さっきの革命軍って、何なんですか?」


「まあ、あれは気にしなくていいよ。ただの紹介? 勧誘? まあなんでもないさ。そんな細かいこといちいち気にしてたら、下の暮しについてけないぞ。まずは下での生活になれることから始めようか」


 細い道はだんだん傾斜がついてゆき、次第に階段のようになっていった。下りきると、また広い空間へ出た。


 ここはおそらくさっき見た空間だが、今度はがけではなく平らな地面が続いていた。上では横から見ていた白い巨大な塔が、ここからでは上にそびえ立って見えた。


「ここが下。理解した?」


 二人は返事もせずにただ口をあんぐり開けたまま、辺り一面の光景を眺めていた。


「ここは地下帝国『グリマヘイト』だよ。ここの住人はすべて君たちがみたでっかいヤツらの被害者及びその子孫だから、話は会うだろうよ」


 赤羽はなぜだか、2人の成り行きを知っているようだった。二人はまだ景色に圧巻されている。


「ちなみにあそこがさっきいたところね」


 赤羽の指さす方向を見上げる。広い空間の壁にぽつんと穴が一つだけ開いていた。何の目的で開けられているのかは分からなかったが、さっきまであの高さにいたかと思うと、今いる場所の低さを身に染みて感じるようだった。


「まあ、最初はなかなかうまくいかないかもしれないけど、街になれていくことが大切だ。ここにいる奴らも、最初はお前らと同じ難民だったわけだし、なんとかなるさ。ここでは自分の居場所は自分で探すものだから。じゃ頑張って」


 赤羽はそう言い捨てると、2人を放って今来た階段をまた登って行ってしまった。



眠いです!

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