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朝。森。緑の巨体。

 カーテンの隙間から洩れる日差しに、遠山爾(とうやまみつる)は穏やかに目を覚ます。


 おもむろに体を起こし、薄汚れたカーテンを開けると、外は雨上がりの晴天で、朝露なのか雨水なのか、地面は湿っているようだった。生い茂った草木には水滴がくっついて、朝日を屈折させている。


 ベッドを降り部屋を出る。軋む廊下を経て居間へ向かうと、今の方から美味しそうな匂いが漂ってきた。


「おはよう。お母さん」


「おはよう、爾。夜は雨すごかったわね」


 と、爾の母が背を向けたまま応えた。朝食の調理に忙しいらしい。爾の母はいつだって忙しくしている。


「お兄ちゃん起きるの遅いよ。今日は皆で外に出かけるんだから」


 爾の妹、遠山光葉(とおやま みつは)は不機嫌な様子でパンをかじる。


 あり余った体力で、朝から椅子をガタガタ揺らして、全身でその怒りを表現していた。床はいっそうに軋む音を大きくする。


「すまんすまん、忘れてた。急いで準備するよ」


 と、爾は光葉の冷たい反応を確認し、急いだ素振りを見せながら顔を洗いに外に出る。


「爾? ついでに桶に水汲んできてくれない?」


 母が小さな窓から顔を出して言う。その最中すら、母は調理の手を止めていなかった。


 爾はしっかり訊きとめ、玄関側に置いた桶を二つ担ぐ。水道など存在しない森の中にある爾の家では、2日に1回は水を汲みに行き、貯水槽に水を張っておかなければならない。この辺りの人間たちは皆そうして暮している。


 そして水汲みは若い男の仕事だ。たとえここに爾の父親がいたとしても、この仕事は避けられなかったことだろう。


 家の中からで椅子の足が床を軋める音が薄い壁越しに聞こえたが、気にせず桶を釣るした棒を肩に乗せる。


 爾の十倍はあるであろう、背の高すぎる巨木の立ち並ぶ森を、桶を担いで歩く。


 近くの水汲み場までは大した距離ではなかったが、昨晩ふったらしい雨で地面がぬかるんで歩きづらい。更に、背の低い草花にしたたった水が追い打ちをかけるように爾の足を濡らして体温を奪っていくので、爾にとっては朝からなかなかの重労働であった。帰りがもっと辛いであろうことは想像に難くなかった。


 道中、ここらではあまり見かけない人影を何人か見たが、どこかから来た旅人だろう、と、これもまた気にせず歩みを進めた。


 湧水を汲む。水汲み場周辺は岩盤が飛び出たような岩場で、その片隅にちょろちょろと水が湧きでているだけである。


 二つの桶を水でいっぱいにしたら、こぼさないように側において、今度は自分の顔を洗った。普段より冷たい水が爾には気持ちよかった。青みがかった黒いロン毛に冷たい湧き水が滴った。


 顔に流れた水滴を振りはらって、そろそろ桶を持って戻ろうかと桶に目をやった時だった。桶に張られた水の面がゆらゆらと波打ち始めた。


 揺れ始めたと言ったが、実際は桶を見るしばらく前から揺れていたのかも知れない。はじめはその程度の、身体ではとても感じ取れないような静かな振動だったからだ。


 しかしその微細な揺れは次第に大きな縦揺れになり、桶は倒れ、汲んだばかりの水を地面に撒き散らした。


 爾は状況が飲み込めず、揺れる恐怖に立ち尽くしていたが、桶が水を放つのをみて、本能的に駆けだした。状況はわからないままだったが、この突然の地揺れにとにかく強い危機感を覚えたのだ。


 爾は兎にも角にも家族の元へ急ごうと思い立ち、家に向かってがむしゃらに走り出した。


 しかし冷たい湧き水に靴を濡らされ、思うようにうまく走れない。すぐ近くだったはずの家が、やはり、行き以上にとても遠くに感じた。


 必死に走りながら、爾は驚くべきものを目にした。大きな木の向こう側に、それに負けないくらい大きな、動く影があったのだ。そしてその影が、この地揺れの正体であると直感する。


「まずい! そっちはだめだ!!」


 大きな影はズシズシと森をかき分け進んでゆき、爾の家の辺りで止まった。それが何かはわからなかったが、直感的な恐怖と本能的な嫌悪が爾の心を支配し、走る足をより一層速くした。その影の実態が見えると、その感情は更に熱を増す。


 全身真緑の巨人。その体裁はまさしく巨人といった感じで、縦幅だけで見ても、爾の身長の5倍はあっただろう。かかとから指先まで、緑一色。


 そんな見たこともない化け物が家の前に留まっているのだ。それもただの一体ではない。見えるだけでも3体はいた。


 緑みの斑のある淀んだ緑がやけに不気味で、その姿がはっきりと見えてくると、爾は途端に足が竦んで、走れなくなってしまった。


 巨人は、その大きな体をゆっくりと屈めると、なんのつもりか、爾の家に手を伸ばした。


 かき集めた木々でつくられた小さな爾の家は、巨人の緑色の掌によって一瞬にして押しつぶされてしまう。


「かあさん! 光葉!!」


 爾は竦む足の代りをさせるかのように、遠くへ声を投げた。返事こそなかったが、まだ家の中にいるようで、瓦礫がたまに動くのが見えた。


 少しの希望を胸に、立ち上がると、体を無理やりに動かして、駆けつける。瓦礫のすぐ側に、横たわる光葉の姿があった。


「光葉! 大丈夫か!?」


「お母さんが……」


 光葉は震えた声で、天を指さした。上を見上げると、そこには、巨人の指に挟まれて宙に浮いた母がいた。


「母さん!!」


 母は既に意識を失っているようで、全身が脱力していて、2人がいくら泣き叫ぼうと、当然反応はなかった。


 その様子をそばで見ていたもう一体の巨人が細い枝を拾い上げた。ちょうど爾たちが屋根に使っていたような、人間の腕くらいの太さのある長い棒だ。


 次の瞬間、2人は目を疑った。巨人が木の棒を、母に突き刺したのだ。母の痩せた体を一本の枝が貫く。声もあげられない母の悲惨な姿が宙に浮かんでいた。


「やめろぉぉ!!」


 母の血が、真っ赤な霧となって降り注ぐ。


「おかあさん!!」


 泣き叫ぶ光葉。爾は目を逸らし、光葉の小柄な体を力強く抱きしめた。光葉を守ろうという気持ちが何よりも先走った。


 巨人は震える2人に気づいて、しゃがみ込んだ。そして手を伸ばす。


 爾は迫り来る大きな手のひらをみて、全てを悟る。光葉を押して突き離し、自ら巨人の大きな手のひらへ飛び込んだ。咄嗟の判断だったが、爾はこれが正しいと信じていた。


「光葉!! 逃げろ!!」


 しかし、爾の覚悟とは裏腹に、巨人は爾の濡れた体を嫌がって、すぐに爾を投げ捨ててしまった。放り投げられた身体は、巨木にたたきつけられる。


 そのまま爾は、巨木の根もとにちょこんと収まって、自分の代わりに光葉が連れて行かれるのを、ただ呆然と見ていることしかできなかった。


爾くん痛そうね。


前のアカウントのパスワードを忘れたので、これを機に新しい名前で始めて見ました。


しばらく毎日投稿するのでよろしくお願いします。

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