私鉄沿線恋愛専科・いじっぱりな片想いもナンダカンダでアニバーサリー
初夏の香りが満ちる線路沿いの通り。
駅までにはもう少し距離があるので、まだ人通りはそれほど多くない。車の通りもほとんど無い。そのお陰で、大きな通りを歩くよりもかなり歩きやすい。
だけど。
とても残念なことに、静かではない。
それどころか、『喧しい』まである。
人通りも車通りも少ないのに、である。
隣を歩くユウイチくん――ちなみに彼氏ではない。今は学校が違うので元同級生――といっしょに、愉しさと呆れを綯い交ぜにしたようなため息を吐いた。
ぴったりのタイミングに思わず顔を見合わせた。
彼は、とっても微妙な表情をしている。
きっと、私もそうなのだろう。
私を見て、その微妙で曖昧な表情にうっすらと苦笑いが上から貼り付けられた。
原因は、やや後方から轟く――――、
「朝からしつこいなー、お前は!」
「はぁ~!? それはこっちの台詞だっつーのよ!」
「何でだよ! そもそもの発端作ってんのはいつもエリカだろうが!」
「今日は違うでしょ、今日は!」
「ああ、そうか。なるほどな。久々にマウント取れるからって調子ノってんのか、お前」
「残念でした。そういう発想がすぐに出てくるようなシュウスケとは違いますー!!」
――この、犬も食わないような痴話喧嘩。
あ。今、反対側の歩道を散歩してた犬がちょっと後ずさった。
ホントに食べないみたい。
本当に――――、もう、『夫婦喧嘩』って言っても問題は無いと思う。
口に出したら絶対に、とくに女の子の方がキレると思うけれど。
いじっぱりだから。
もちろん、ふたりとも。
「……3日ぶりくらいかな?」
「そうだねえ」
毎日やっているような錯覚に陥ったりもするが、彼の言う通り。
月曜日以来の小競り合い。
「よくもまぁ、飽きないもんだ」
「そうだねえ」
毎回ちょっとずつ、たとえば喧嘩の発端やら、突っかかる側やらが代わったりはするものの、基本的な構図はいつも同じ。
――強いてあげるなら、私たちの前方で騒ぐか後方で騒ぐか、くらいだろうか。
「マジで、いい加減くっつきゃ良いのに」
「そうなんだよねえ」
私たちのリアクションも、いつも同じだった。
「ったく……。だからお前は」
「うっさいっ!!」
「痛ぇっ!!」
ユウイチくんとまったり歩いている内に、ちょっと進展があった――というか収拾がついたようだ。
「たぶん、また向こう脛蹴られたぞ」
「そうだねえ」
そうなると、大抵は――。
「あー、もう朝からムカつくっ!!」
――シュウスケくんをとりあえず独りにして、こちらにやってくる。
「コドモなんだよな、結局」
「似たもの同士」
「っていうか、似たもの夫婦」
「言えてる」
「ちょっと何、ふたりして雰囲気作ってんのよ」
「別にー」
「別にー」
――あなたたちには負けるわ。
○
さすがに電車内では空気を読んでふたりともしっかりとおとなしくなった。
ただし、今日は私とユウイチくんを壁代わりにして並んでいる構図。
どちらかと言えばシュウスケくんの腹の虫が治まっていないようだった。
――脛蹴り上げられたら、それも当然かもしれない。
最寄駅に着くと、ここでお別れ。
私とエリカは南口方面で高校も同じ。
シュウスケくんとユウイチくんは北口方面へと向かっていくが、通っている高校は違うので、その先でさらに別方向に向かっていくことになっている。
私とユウイチくんだけが互いに手を振り合い、彼らと別れて最初の曲がり角を折れると、
「あぁ〜〜〜〜、もう何やってんの私……」
これも、いつものこと。
肩を落としてげんなりするエリカ。
私の方があらゆる意味でげんなりするんだけれど。
これも、直接的には、言わないでおく。
だって。
「まぁ、なんだかんだ言っても、それがエリカらしくてイイとは思うけどね」
エリカだけじゃなくて、シュウスケくんを含めての話だけど。
「ルミ〜〜〜、私の味方はルミだけだー」
「……ある意味、一途だし」
「……やっぱルミ、敵かも」
手のひら返し、早っ。
「だって、どう考えたってどう見たって、一途でしょー。知ってんのよー?」
今まで黙っていたが、それは単純にわざわざこちらから口を破る必要もないと思っていたから。
いい機会だし、この辺でカミングアウトしておこう。
「……去年の学園祭で、どこぞの学校の男子にナンパされたときに、それはそれはステキな断り方をしたっていう話」
「な!!?」
んー。ビビってるビビってる。
「『私、彼氏居るんでっ!』って。すごいなー」
「……!?」
すごい。口だけ高速でぱくぱく動いてる。
「でも、絶賛片想い中のエリカの彼氏って、どういうことかなー。一体誰なんだろーなー……? まさか、実はもうあの人のモノ……。心も、カラ」
「やめてーーーー!」
がばっ、と横から抱きつくようにしながら、私の口を封じてきた。
だいたい喋り終わったこのタイミングじゃ、遅いと思うけど。
「何さ。もう今更でしょー。誰が好きとかは私には教えてくれてるじゃん」
――ぶっちゃけ、言われなくてもわかってたけど。
「そりゃー、ルミは口堅いし。……意外と」
「あれ? そんな言い方するなら、ケイコにバラすよ?」
「あ、やっぱりさっきのヤツのネタ元はケイコか……」
「うん」
わりとどこにでも居るよね。典型的ウワサ・ゴシップ大好き女子って。
概ね伝わっているとは思うけれど、エリカの片想いのお相手はついさっきまで痴話喧嘩を展開していたその相手でもある、シュウスケくん。
エリカ(ただし、『好き』を自覚する前)曰く、「腐れ縁」。
小学校1年生の遠足で一悶着あって以来、そこそこの頻度で痴話喧嘩しているらしい。
その当時私は違うクラスに居て、このふたりとは小学5年まで直接的に話すことは無かったが、妙にしょっちゅう喧嘩している男女がいるということは知っていた。
その光景を初めて目の当たりにした時は、「……これが似た者夫婦とかいうヤツ?」としか思わなかったが。
口喧嘩の理由は毎度毎度とても些細なことで、いちいち例にあげるのも面倒。
飽きもせず、10年近くも。
思い返せば、たとえ宿泊研修や修学旅行の旅先だってお構いなしだった。
旅の恥はかき捨てとは言うけど、同じ場に居合わせるこちらの身にもなって欲しかったりはする。
明らかにグループひとまとめにされて笑われているのに、気がつかないのは彼らばかりなのだ。
――でも。
距離をある程度置いてみれば、という前置きは必要かもしれないけれど。
そういう問題点をひっくるめても、このふたりは面白い。
何よりも見ていて面白いのは。
しばらく互いに喚いていたと思ったら、何となくどちらともなく、控えめに話しかけ合って、元通りに喋り出すこと。
明確に謝るでもなく、明確に謝らせるでもなく。
ただ、何となく、口喧嘩を始める前のいつも通りの状態になるのだ。
「いつからなんだっけ? 片想い」
「……ちょうど3周年」
「きっちり覚えてるね」
――そういうことだから『一途』だ、って言ってるのに。
中2の宿泊研修。1泊2日日程の夜のこと。
事の顛末は、はっきりと知らない。
というか、聞かされていない。
聞き出せていない。
何度か聞き出そうとしたが、その都度エリカは真っ赤な顔で私をばしばしと叩いてくるだけで教えてくれようとしない。
――おそらく、胸焼けがしそうな内容なのだろうけど。
「……ねえ、エリカ」
「何よ?」
「今日の帰り、ケーキバイキング行かない?」
「……何でまた」
「……アニバーサリーってことで」
「……ルミの奢りね」
元よりそのつもりだった。
○
「あー、もう。まだビミョーに痛え。ったく、エリカのヤツ……」
「なあ、シュウ」
「……何だよ」
「お前さ、わざとエリカちゃんに蹴られようとしてる時あるだろ」
「何だよ、ヒトをドM呼ばわりしやがって」
「いやいや。その蹴られたとこ擦りながら若干頬緩めてる野郎が言えた台詞か」
「違ぇよ、バカ」
「何が違ぇんだよバカ」
「……いいや、もう別に」
「そうか」
「……」「……」
「……3年くらい経ったのか?」
「ちょうど3周年だ」
「……しっかり覚えてんのな」
「ほっとけ」
「じゃあ、また」
「おう」
「……お前ら、いい加減くっついてくれよ」