店の裏口にて
ルイスは沈んだ気分のまま、何とか食事を平らげ、ペーパーナプキンで口もとを拭いて、皿に焼き込まれたメッセージに気がついた。
慣れない酒が回って、読み返しても、その度に文字がにじむ。
目を細めて何度も確認するうち、ルイスは酔った勢いで手を滑らせ、皿を砕いてしまった。
「やっぱりルイスには、お酒は早かったかねえ」
おかみさんがカシャンカシャンと歩み寄ってきて、箒と塵取りで皿の破片を片付けた。
ふらふらしながら、ルイスは立つ。会計は月の終わりにまとめ払いだ。今は払わなくていい。
「少し、風に当たってくる」
重たい扉がガチャンガチャンと開閉し、ドアベルが鳴ったのを確認して、アルビドゥスは休憩を貰えないかと言い出した。
「お手洗いに行きたいのです。お店の中のは使えませんから、公衆トイレまで行かせて下さい」
「分かったよ。手短かに済ませて、早く帰ってきてくれよ」
アルビドゥスは更衣室で衛生服を脱ぎ、三角巾を外して、裏口の鍵を回して、外へ出た。
そこには、中性的な風貌の少年が待っていた。
大分酒が回って気分が悪いらしく、路地縁に座り込んでいる。
他に人気が無いのを確認してから、アルビドゥスは店を出て、少年の前に立った。
「初めまして。わたしはアルビドゥス。貴方は、第一階層まで飛べる飛空士なの?」
ルイスは答えない。「答えて」と、カチカチ機械音を鳴らしながら、アルビドゥスは詰め寄る。
「わたしは第二階層まで行きたいの。第一階層まで行ける腕なら、信用出来るでしょう。わたしを連れて飛んではくれないかしら?」
「第二階層だって? よそを当たってくれ。二人乗りなんてリスクが高すぎる」
「そうね。でも、貴方に乗せて欲しいの」
アルビドゥスは微かにしか聞こえない音量で囁いた。
「わたし、貴方のお父様を死なせた人物を、知っているわ」
ルイスの顔色が変わった。酒の酔いも吹き飛んだようだ。
アルビドゥスの襟元を掴み、「誰だ! そいつは!」と叫んでいた。
「話は第二階層に着いてからよ」
するりと抜け出し、アルビドゥスは艶然と笑った。
「貴方は病気じゃ無いのね。肌が綺麗だもの。この階層の食事が身体に合っているのかしら?」
言われてみれば、アルビドゥスも肌がとても綺麗だった。病気にかかっていない証だ。
そして、アルビドゥスはルイスに囁いた。
「わたしには貴方を殺せない。でも、この世界が貴方を殺すでしょうね」