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噂の運び屋

食堂兼酒場は、ルイスの噂で盛り上がっていた。

何しろ、オークションに「王宮水」を三本も出した、運び屋屈指の強者である。

成層圏ギリギリの第一階層に如何にして挑み、どうやって貴重な水を手に入れたのか、誰もがルイスに聞きたがった。


そして、ルイスの沈んだ様子と、いつもなら側にいるチャーリーの不在に、徐々に酒場の皆は勢いを削がれていった。

「どうしたんだい? チャーリーは?」

ルイスは黙って、首に下げた小袋を見せた。

酒場がざわつく。

その小袋の意味するところは、誰もが知っていた。


「事故か?」

「病死、だ……」


絞り出すようにルイスが答えると、更にざわざわと酒場の衆が動揺する。


「チャーリーはそんなに病状、重く無かっただろう? 一体どうして急に……信じられない」

「おれにも信じられないよ!」

ルイスは声を荒げた。

「だが、事実なんだ……。医者も確認したし、おれが火葬した」

声の後半はしわがれて消え入りそうだった。

泣くまいと思っているのに、涙が出そうだった。

男のような形状の胸部の機械がギシギシと軋んで、錆びついた音を立てた。


「一体何を話しているのかしら?」


皿洗いをしながら、アルビドゥスは奥の厨房で、客席のほうに耳を澄ませていた。

調理の音が邪魔で、壁も厚くて、よく聞き取れない。

耳に仕込まれた収音器の精度を上げても、ざわざわとしていることだけが伝わってきた。


「今日はルイスに、お酒を出してあげようかね。本当はまだいけないんだけど」


カウンターで客席の会話を聞いていたおかみさんは、アルビドゥスにウイスキーの水割りを注文した。

アルビドゥスは、洗い場の汲み置き甕から水を汲んで、そのままジョッキに入れようとした。

「待った待った! 飲み水は煮沸して冷まさないと! 常識だろう?」

慌てて店主が止め、鍋にミョウバンを入れる。

「一体どの階層で育ったんだい?」

店主の問いに、アルビドゥスは俯いた。答えられる筈が無かった。

「ごめんなさい」

少女は素直に謝って、水を鍋に移し、火にかけた。

「沸いてきたら、上澄みと沈殿物は、捨てておくれよ」

店主が丁寧に指導する。店から病人を出す訳にはいかない。下手をすれば営業停止処分である。


何とか無事にウイスキーの水割りを作り終え、アルビドゥスはジョッキをおかみさんに差し出した。

おかみさんは、六足歩行器を使っており、カシャンカシャンと音を立てて移動し、カウンターを出て、器用にジョッキを客席へ運んだ。


「チャーリーのことは残念だったね。あたしら、病気持ちには、いつか起こる運命だよ」

まあお飲み、と酒をルイスの前に置く。

「それより、どうやって王宮水なんかを手に入れたんだい? ああ、運び屋に聞くことじゃないかねえ。企業秘密だものねえ。それでも、凄いよ、あんたは」


つまみにチーズの盛り合わせを置いて、おかみさんはカウンターへ引っ込む。

奥では両腕義肢の店主が、ルイスのために、クロックムッシュを作っていた。


「王宮水を手に入れた運び屋が、いるんですか?」

よく徹るおかみさんの声に、アルビドゥスは反応した。

「さあねえ、皆はそう噂しているけれど。どうやって入手したかなんて、聞くべきことじゃなかったよ。考えてみれば、当たり前さね。自分の収入に直結することだもの」


おかみさんは何事も無かったように流した。

だが、アルビドゥスは収まらない。


「成層圏ギリギリまで飛べるってことですよね。そんなに腕の立つ飛空士がいるのなら、話してみたいわ」

「アルビドゥスは、第二階層まで行きたいんだろう? 第一階層に近づくのだけは辞めた方がいいよ。第二階層の兵士が見張っていて、飛空挺ごと撃ち落とすって有名だからね」

「でも、その中をかいくぐれた飛空士がいるのでしょう?」


第二階層の兵士も、空を見張っているのは、アルビドゥスも知っている。

チャーリーは、もと軍人――兵士で、第二階層の守備を受け持っていたのだと、おかみさんは話した。

「与太話とは思うけれどね。酒の席での話だから」


だが。

本当にチャーリーが元兵士だとして、あの運び屋が、チャーリーの身内なら。

第二階層から見張られている空域を把握し、抜け道を見抜いて、第一階層に到達することが出来たのではないだろうか?

その仮説が成り立つのなら。

お母様の心臓を爆破した敵は、あの、アルビドゥスが作った酒を飲んでうなだれている、運び屋の少年の可能性が高い。

いや、そうとは限らないが、少なくとも、仇の仲間ではある筈だ。


アルビドゥスは、洗いあげて綺麗に拭いた皿に、急いで指先から熱線を出し、文を書き込んだ。

『話があります。店の裏口へ来て下さい』

書いてから一瞬、相手は文字が読めるだろうかと不安になった。だが、読めなければオークションには参加できないと考え直した。

そして、何事も無かったように、上からペーパーナプキンを敷き、アツアツのクロックムッシュを載せて、おかみさんに手渡した。


挿絵(By みてみん)

(アルビドゥス、イメージ図)

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