働かせてください
アルビドゥスは、酒場のおかみさんと店主に、裏方として働けないか、交渉していた。
十四歳の見た目では、酒を扱う店で働くことは出来ない。
幾ら、本人が、見た目より年齢を重ねていると言い張っていても、だ。
従って、裏方ならどうかと、アルビドゥスは頼み込んでいた。
「わたしには情報が必要なの。こういった、人の噂が集まる場所に、いたいんです」
アルビドゥスは――王女アルストロメリアは、第二階層から第一階層に戻ることを考えていた。
女王の心臓は修復が済み、彼女の体内に格納されている。修理技師の口封じも完璧だ。
あとは大コンピュータの歯車機構エンジンのクランクや動力部分を直せば元どおりだ。
必要なパーツは概ね手に入れた。
機械女王が目を覚ませば、自ずと不埒な行為に及んだ犯人も特定出来るだろう。
問題は、帰る手段だけなのだが、第三階層の者が第一階層に、常識的には、行けるわけがない。
行きしのように、密閉カプセルで、密かに階層を繋ぐ川を下ってくる訳にはいかないのだ。
店の奥で店主とおかみさんが悩んでいる。
アルビドゥスは、奥の手を使った。
即ち、金貨を数枚、関節が金属で出来ているおかみさんの手に、握らせたのである。
「あんた、これはどうやって……」
手に入れたんだい、と言いたげなおかみさんを軽く制し、アルビドゥスは囁いた。
「わたしが稼いだお金です。機械技師であることは申し上げましたよね? これくらい稼ぐ腕はあります」
アルビドゥスはそう言って、店主とおかみさんに向き直った。
「お二人のメンテナンスも、調理場のメンテナンスも、無料でします。その代わり、腕のいい飛空士を探して欲しいのです。わたしはどうしても、貴族街、第二階層に行きたいのです」
彼女が真に目指す第一階層に行くためには、第二階層に確実に行ける飛空士が必要だ。
第二階層には乳児院があり、貴族の赤子達が育てられている。
様々な基準を満たした幼児は集められ、全員がアリスと名付けられて、第一階層へと繋がるエレベーターに乗せられるのだ。
第一階層で必要となる生活必需品も、第二階層からエレベーターで運搬される。
第一階層は成層圏ギリギリの高さにある。
その高度まで飛べる飛空挺は少ない。また、飛べたとしても、近衛に撃ち落とされるのが関の山だ。
しかし、第二階層なら、まだ、多くの飛空挺が行き交っている。
事故が無いとは言えないが、いきなり第一階層を目指すよりは安全である。
店主とおかみさんは顔を見合わせ、やれやれと肩を竦めた。
「分かったよ。その代わり、官憲に見つかったら店の危機だからね。皿洗い場からは出さないよ」
「店への出入りには、裏口を使ってくれ。人目につかないようにな」
「有難うございます!」
こうして、アルビドゥスは店の奥で、喧騒と噂に、聞き耳を立てるようになった。
耳に仕込んだゼンマイ仕掛けの拡声装置をフル活用して。