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突然の別れ

その頃ルイスは、飛空挺で各階層を忙しく飛び回っていた。

運び屋といっても、単なる運送業では無い。

生活必需品を出来るだけ安く仕入れては、必要とする人の元へ運び、オークションにかけて、出来る限り高く売りつけるのだ。

差分の収入が飛空挺の維持費・燃料費となるため、手も気も抜けない。


今日は、とっておきの「王宮水」を、第二階層の貴族達に売りつけようと考えていた。

その水を入手した経過は、勿論、誰にもいわないし、買う方も聞かないのが常識だった。


まさか、爆破テロの際にちゃっかり汲んできたとは、表向き、誰にも言えまい。


但し、その真贋は問題視される。

買う方も、ニセモノをつかまされる訳にはいかないのだ。


「王宮水」は、運び屋御用達のオークション会場でシャーレに広げられ、様々な実験を試みられた上で、純水、即ち混じり気のないH2Oであることが証明された。

会場がわあっと沸き、貴族達が、こぞって高値を釣り上げていく。

何しろ、第二階層の「貴族水」ですら、不純物が僅かに混ざっているのだ。

そのまま飲める水には違いないが、美容や健康に「王宮水」が良いというのは、もはやほぼ信仰と化していた。


どうして第一階層でのみ、純水が得られるのかは、謎とされている。

薄い空気の中で、上空より穢れなき水蒸気のみを抽出し、ろ過した上で冷やして水に変えているのではないかという説が、まことしやかに囁かれていた。

なら、あの川、第二階層へ落ちる滝の量を、如何にして欠かさず潤沢に手に入れているのか。

第一階層を見上げるしかない民草には、不明なことだらけだ。


ルイスは、そんな些細なことに興味は持たなかった。

ただ、「王宮水」がどれだけの値で売れるか、そこに集中していた。


オークションに出した「王宮水」はピッチャー一杯程度の容量の瓶に三本。

滅多に入手できるものではないため、どれだけ高値を叩き出すか、それが今後の生活を分ける。

飛行艇の維持費と燃料費、生活費、帰りに売るための商品の仕入れ代。金は幾らあっても困らない。

ぐっと身を乗り出し、ルイスは、じっとオークションの行方を見守っていた。


オークションは、壁に掲げられたゼンマイ仕掛けの値札が、パタパタとめくられていく形式だ。

大コンピュータが停止していても、全く影響はない。


久しぶりの大金を手にしたルイスは、第二階層からの帰りに、売りさばく為の宝飾品と、とっておきのご馳走を買って飛空挺に戻った。分厚いベーコンステーキなんて、第二階層でも高額で滅多に手に入らない。ルイスは、食堂のおかみさんに焼いて貰うつもりだった。ベーコンステーキに塗ろうと、粒マスタードのソースも、とけるチーズも、高価だが奮発して買った。

第四階層のオークションで宝飾品を石炭に換え、飛空艇の動力炉に放り込み、第三階層に戻る。

もう、日が暮れ始めていた。


「ただいま!」


倉庫に飛空挺を格納し、コクピットから飛び降りる。

うるさく吠えて迎えに出る筈の愛犬ナイトは、静かだった。

誰もいないかのように、家中が、工房が、静かだった。


「親父、酒場にでも行ったか?」


もう遅いしなあ、と思い、取り敢えず売り上げを帳簿に機械式タイプライターで打ち込もうと、工房奥に入った。

そこでルイスが見たものは、信じがたい、受け入れがたい、事実だった。


チャーリーが、ナイトが、冷たくなって横たわっていた。


工房には手を加えられた跡があり、何者かが、恐らく機械技師の知識を持つ者が、触ったと感じられた。

盗まれたものはないが、ジャンクパーツの幾つかは減っていた。


ルイスは、最悪の事態を想定し、二つの死体に歩み寄った。

もし、ルイス達がテロリストであることが官憲にバレたとしたら?

養父チャーリーが元軍人で、工作員でもあったことがバレたとしたら?

今後、ルイスは何処に身を隠せば良い?


そろそろと近づき、死体の様子を見ると、チャーリーもナイトも、全身に病気が回ったのか、皮膚がキノコのようにボコボコだった。自然死、いや病死か、と一瞬安堵するが、ルイスは、それにしても病気の進行が早すぎると感じた。

ここは第三階層、少なくとも富裕層が暮らす場所だ。チャーリーもルイスも、もくもくと煙を吐き出す劣悪な環境の工場で働かねばならない程は貧しくなかったし、自身の工房も飛空挺も持てたし、台所が無くても食堂に行けば飯にありつけた。

当然、医者だっている。チャーリーもナイトも、定期的に診て貰っていた筈だ。

こんな、急に病状が悪化して、死に至るなんて。


ルイスは、些か、違和感を覚えた。

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