機械式少女の悩み
アルビドゥスはおかみさんの紹介で、チャーリーの工房へ出かけていった。
がらんとした、広い倉庫が気になる。そこにはルイスの飛空挺が収まっている筈だった。
だが、ルイスは自分の仕事で、そう、運び屋として、そのタイミングで家を空けていた。
「わん、わん」
機械の足を引きずった小型犬がアルビドゥスを迎えた。
愛犬の鳴き声に気づき、顔面の半分を機械で覆った大柄な壮年男がのっそりと現れた。
技師チャーリーその人だ。
「有能な技師と言うのは貴方ですか? わたしはアルビドゥス、駆け出しの機械技師です。良ければお力をお借りしたいのです」
少女は、服の中から、管のついた手榴弾のようなものを取り出した。チャーリーは一瞬、ギョッとした。
自分が手がけ、ルイスに教え渡した機械式小型爆弾に、良く似て見えたのだ。
だが、それは手榴弾では無かった。大きさはこぶし大で似ていたが、機械で出来た心臓だった。少女の体内へ繋がる管の中を、オイルが行き来しており、微かに脈打っていた。
「わたしには、わたし自身を直すことは出来ないんです」
「まあ……自分に自分で手術は出来んからなあ」
チャーリーは頷き、わんわんと吠える愛犬ナイトを抱え、少女を工房に案内した。
管がついたままの少女の心臓を、しげしげとスコープで観察する。
「これはまた酷く傷めたものだね。何か心が裂けそうな出来事でもあったかい?」
「ええ。出来れば、聞かないで欲しいのだけど」
アルビドゥスは俯いた。さらりと長い髪が顔を隠す。
くるくると足元にじゃれつくナイトに目をやり、「この子も貴方も、病気なのね」と呟いた。
「ここの水を飲んでいれば、誰だって病気になりますわな」
手早く手術の準備をしながら、チャーリーは笑った。
「煮沸したって毒は残りますからね」
はたと気づいた。目の前の少女には、世界に蔓延する病気の兆候がないことに。
こんな例は、ルイス以外に見たことがない。
幼いルイスを連れてきた乳母はどうだったろうか?
公害の影響を受けてはいなかっただろうか?
「わたし、水は飲まないので、多分、病気にかかりにくいんです」
少女はカチカチと機械音の伴う声で答えた。
耳元の歯車を回すと、カシャンと音がして、一対の牙が現れた。
牙の先に、針のような、蚊の口のような形状のものがついている。
「この牙で、人様から血をいただければ、食事もいらないんですよ」
「機械式の吸血鬼という訳かい。これは驚いた」
再び歯車を回して牙を収納したアルビドゥスに、チャーリーはふうむと頷いた。
アルビドゥスも答える。微かな機械音と共に瞳がくるりと回って、赤く輝いたり、金に変色したり、とても綺麗に見えた。
「はい。日光が駄目とか、大蒜が食べられないとか、そういった欠点は一切ありませんけどね」
そして少女はゆっくりと目を瞑った。閉じられたシャッターのような瞼。チャーリーに心臓の修復を委ねたのだ。
日頃から世話になっているおかみさんの紹介とあらば、受けない訳にもいかんだろう。
それに、なかなか滅多に、ここまで精密な若い娘の心臓を見る機会は無い。好奇心が湧いてくる。
そうチャーリーが考えたと同時に、アルビドゥスがシャラシャラと瞼をあげて目を開いた。
「あ、勿論、相応の謝礼は致します。ご安心を」