政変失敗?
果たしてあの少女を飛空挺に乗せるべきかどうか、ルイスは悩んでいた。
二人乗りは危険だ。第二階層までなら何とか飛べるにしても、墜落のリスクはついて回る。
それに、正直、見知らぬ不審な娘を乗せたく無かった。
例え、養父の仇が判明するとしても。あの囁きの意味も図りかねた。
そもそもあの娘は、第二階層に何の用があるのだろう?
機械技師で、とある機械の修理のため、期限つきで呼ばれていると話していた。
アルビドゥスは正確には言わなかったが、何となく、聞き出せた範囲では、処刑器具のような印象があった。
だがルイスには、直ぐには彼女を信じられない気がしていた。
しかし、大コンピュータを破壊したのは自分だ。
大コンピュータが動いていないと、調べることも出来ないことに、遅ればせながら気がついた。
「最悪、貴方が駄目でも、別の運び屋を探すわ。第二階層に辿り着ければ良いんだもの」
あの時、渋る彼に、アルビドゥスはそう言って店内へ去った。
ルイスは、どうしていいかわからなかった。
とりあえず、思いついたのは、テロリスト仲間のアジトに向かうことだった。
アジトは狭い路地の奥、誰も住んで居ない廃屋を、利用していた。
第一階層の高さまで飛んだ実績を持つ腕利きの飛空士が、ルイスを含めて数名。
そして、理想の世界のありようを語る、没落貴族のアジテーターが一人。
皆、表向き違う仕事に就きながら、コソコソと革命を夢見ていた。
市民の、市民による、市民のための世界。
第三階層が政権を取り、全国民のデータを管理し、コンピュータの演算通りに正しく運用する。
貴族の贅沢を取り締まり、王族を追放する。病気の無いクリーンな世界を目指すのだ。
その考えに同意したメンバーが集まった筈だった。
だが、考えてみれば、貴族が贅沢だからこそ、運び屋はオークションで日々の糧を得られる訳で。
コンピュータの演算通りに国民を運用するのは、今の王政と何ら変わらず。
工場が蒸気機関で動いている以上、廃水はクリーンにはならない。
これの何処が革命なのか。
女王を倒して、大コンピュータを止めて、世界の何が変わったのか。
変わらない。
官憲の動きが鈍くなったのは、ある。
大コンピュータが止まり、犯罪を監視出来なくなったからだ。
もし、大コンピュータが動いていたら、チャーリーの死の真相は、どこかに記録されていたに違いない。
犯人が官憲に捕まっていた可能性だって高い。
なのに。
ルイスは危険を犯して何をしてきたのか。
爆破テロは、本当は、全く無意味だったのでは無いか?
王宮で女王を爆破して、変わったものは何だ。
貴族のオークションも、変化なく催されていた。
電子新聞が止まっているから、他階層の情報は入ってこない。
おれは、何を成し得たんだ?
何一つ世界は変わっていないじゃないか。
おれの分かる範囲で変わったのは、チャーリーとナイトの逝去だけだ。
おれの家族が居なくなった、それだけだ。
「ジョン、おれは分からなくなっちまった。おれのしたことに、チャーリーの教えてくれたことに、意味はあるのか? おれ達の政変テロは失敗したんじゃないのか?」
ルイスはアジテーターのジョンに話しかけた。
ジョンは没落貴族であり、このテロリスト集団の資金繰りを任された者でもある。
姉の嫁ぎ相手である第二階層の貴族と秘密の繋がりがあり、「女が政治を握るのはおかしい」と良くクダを巻いていた。
彼のいう「市民」とは男性のことであり、女系社会であるこの国の転覆を図った根源的な理由となっていた。
ただ、彼には理想はあっても、学が無かった。
彼は男性が如何に女性より優秀かを熱弁するだけだった。しかも、聞いていて哀しくなるほど、根拠は無かった。
彼の言葉はほぼ感情論に過ぎなかった。
完璧に管理されたこの世界では、思想や哲学、経済学の一部は、富裕層の市民と言えども、教育の機会は失われていた。
必要でない知識は与えるべきでない、と、大コンピュータは判断していた。
人々は階層と身分によって、大コンピュータに職を割り振られ、機械人形のように忠実に日々を生きていた。
ゆえに、ジョンに学が無かったとしても、誰が彼を責められようか。
実は、ルイスは、ジョンが得意では無かった。
男性主導の政治、と言われても、自分の性別が不安定なルイスには、戸惑いがあった。
ジョンがチャーリーの大事な友人でなければ、こうして人間関係を築くことも無かったであろう。
だが、ジョンと知り合ってから、幾つかおいしい運び屋の仕事も得られた。
恩人ではあるのだ。簡単に縁を切るのを躊躇われるくらいには。
だから、あんな危険な任務を受けたのだ。ジョンに恩があったから。
自分でもアリスの認証を再度身にまとうのは、嫌だったのだ。
ルイスは、身体はともかく、心は芯まで男性でありたかったのだから。
ルイスがロストナンバーのアリスであることは、チャーリーとジョンしか知らない筈だ。
知った時、ジョンは飛び上がって喜び、後に、彼の政変テロの実行主犯にルイスを指名してきた。
ルイスが女王を爆破したと報告すると、「よくやった」と手を叩いて躍り上ったほどだ。
だが、ジョンの予言は当たらず、世界は何事もなく続いている。
何か目立った変化もない。
女性の地位は相変わらず高く、酒場の店主もおかみさんには頭が上がらない。
一般的に、何処でもそんな感じだったし、変わった様子はない。
「そんな筈は無い。そんな筈は。世界は見えないところで変わった筈だ……筈なんだ……」
ジョンはうめいた。
その時、ジョンの耳に装着されたゼンマイ電話が震えた。ジョンは病気に冒された手で受話器を外す。
女性交換手が電話を繋いだ。かけてきた相手はジョンの姉だった。
「うちの旦那があんたに小遣いを送っていたようね。送金は差し止めさせて貰ったわ。ジョン、聞いて。彼が男性優位主義なのは知っていたけれど、とうとうアイアンメイデンズに手を出したのよ。酔って道を譲れと迫って平手打ちしたの。来週、彼の首が飛ぶことになったし、私はその前に離婚して乳児院で働くことにしたわ」
このテロ集団の資金源が消える。その電話は、つまり、そういう意味でもあった。
ルイスの中でもやもやした印象が確信に変わる。
アルビドゥスは、断頭台の整備のために呼ばれたのだ。




