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第1章 ファイル8

 長谷川カンパニー本社の玄関前にはすでに警察官で溢れかえっていた。

 数十台のパトカー。確認できる限りだが、上空にはヘリが三機は飛んでいる。

 そして一般市民を中に入れないようにビルの周囲を封鎖し、特殊部隊が配置されていた。

 彼女が言ったとおり、彼らには現状維持が手一杯のようだ。


 車から降りた僕と黒子さんは真っ直ぐに玄関へ向かって歩きだす。

 周りの人間はそれを止めようとはしない。

 すでに黒子さんによる支配は始まっていた。

 ココにいる者が束でかかっても彼女に勝ることはできないのは明確だ。

 黒子さんのジャジャ馬捜査の評判は警察はもちろん、特殊部隊にも知れ渡っているようで、軽く怯えた表情で誰も声を掛けてはこない。

 しかし、それは彼女の才気を尊敬と信頼しているからこそ……そんな空気も漂っていた。


 そんなとき一人の男が黒子さんのもとへ歩み寄り、恐れを知らずに怒鳴り散らした。

 中肉中背でたくましい骨格、キリッとした顔つきがさらに迫力を引き立たせる。

「黒猫! 貴様――私の管轄で何をしでかすつもりだ!」

 虚ろんだ目付きで黒子さんはその男を見て口を開いた。

「これはこれは……防衛省長官のせがれ殿。こんな夜遅くにわざわざ出向くとはお疲れさまですね」

 彼女の態度が彼の表情をさらに強ばらせた。

 周りの人間はピリピリと神経を尖らせて二人を見守る。

 しかし、黒子さんはそんなことお構い無しといった感じだ。

「四課に管轄など存在しないことはアナタもご存じでしょう?」

「――どうしても私をバカにしたいようだな黒猫。部隊の編制を整え次第すぐに突入させる……それまで貴様らは大人しくしていろ!」

「お断りします。我々は観賞用の魚ではありませんので」

 腰に手をあて、見下す姿勢を続ける黒子さんに男の堪忍袋も限界のようだ。

「ほほぉう……二人だけで突入するつもりか? 報告書にどう書くつもりだ?」

「『鉄クズの分際で私に刃向かうなど笑止千万。燃えないゴミを一つスクラップにしました』と書くつもりです」

 その言葉を合図にするかのように、男は彼女の胸ぐらを掴みかかる。

 後ろで控えていた彼の部下がソレを止めに入って二人を引き離す。

 彼女は服の乱れを直すと、隊の人間によってすでに開けっぱなしで固定されている自動ドアへ歩きだした。

「くそっ! 黒猫がっ!」

 後ろから取り押さえた部下が、馬を宥めるように男の肩を軽く叩いた。

「落ち着いてください。言っても彼女は検挙率トップクラスなんですから文句は言えないですよ」

 どうやらかなりの冷静な部下のようで、興奮する男の乱れた呼吸も徐々に落ち着いていく。

 そしてその部下は佇む僕に歩み寄り、耳元で囁くように言った。

「気をつけろよ。彼女は優秀だがキレると性格変わって手に負えなくなるぞ」

「はい……心遣い感謝します」

 彼の言葉を頭の片隅に、僕も彼女と一緒に建物に入る。

 なんだかんだで様々な人物から頼られている黒子さんに、及ばずながら付き従えるだけでも僕は光栄だ。


 社内は外とは違い静かである。

 薄暗いロビー、廊下には足下が見えるくらいの蛍光灯がボンヤリと光っているだけ。

 しかし夜目がきく黒子にとっては問題のない暗さだった。

 人が誰もいないのは、この会社の警備員が全て二足歩行型のロボットであるからだ。

 問題が起きたところで正確な対処と管理力は人よりも遥かに優れている……が、今回のような同タイプのロボットによる侵入はまったくの例外だった。

 社内にいる全ての警備ロボットは、キールによって見事にシステムエラー状態でマネキンのように動く気配を見せない。

 監視カメラも動かない中、平然と動いているのはエレベーターだけだった。

「ほらな。ヤツは誘ってる」

 彼女は満足げな笑みを口元に刻むと、受付の前を通って廊下の突き当たりにあるエレベーターへ向かう。

「黒子さん。さっき怒鳴りつけてきた人って朝倉警部ですよね?」

 藤野は彼と直接な面識はなかったが、数々のスキャンダルで世間を騒がせている人物だった。


「浮気の常習犯。今時の芸能人より新聞に取り上げられている‘有名人’だよ。

まだアレで妻子持ちとは不思議なものだな」

 黒子は周囲を警戒することなく、エレベーターが下りてくるのを待つ。

「アイツの犯罪撲滅運動のスピーチ聞いたことあるか? ぶっ殺したくなるぞ」

「相当嫌ってますね」

 1階に下りてきたエレベーターの扉が開き二人は乗り込んだ。

「アイツは昔から考え方が甘いヤツなんだ。本社を囲んでから突入してもコチラ側に何のメリットも無い。今回の相手には特に速攻が有効なんだよ」

 そう言うと黒子は屋上へのボタンを押した。

 確信はない。

 しかし彼女の勘がキールの居場所は屋上のヘリポートだと告げていた。

「キールは法律では裁けない……前例がないのだから当然だな。それに交渉術が通用しない相手であることを肝に命じておけ」

「は、はい」


 緊張からか、藤野は自分の左胸に手を当てて深呼吸をする。

 エレベーターの中は緊迫した空気が漂っていた。

 一階ずつ上がっていく度に、藤野の脳裏に流れるのは不吉なカウントダウン。

 屋上への扉が開いた瞬間にキールによる奇襲を受けても不思議ではない。

 藤野は自分の上着からデザートイーグルを取り出して、両手でグリップを握って低めに構える。

「オマエ銃の腕前はどうなんだ?」

「あの……実は言うと自信ないんですよ」


 藤野は苦笑いで彼女の表情を伺った。

 黒子は呆気をとられた顔でため息も出ない。

「オマエ本当にクラスAか?」

 再び藤野は苦笑いで答える。

 エレベーターは間もなく最上階、屋上へ繋がる階段のある広いフロアにたどり着く。

「まぁいいよ。オマエは私の後ろで見物していればいい、ただし相手に隙を見せずに気迫を見せていろ」

 藤野が頷くと同時に、エレベーターの扉が開いた。

 二人は階段を登って屋上ヘリポートのある扉を開ける。


空に浮かんだ星達は、二人を待ち望んでいたかのようにより一層と輝きだした。

「子供の頃……空飛ぶ車に憧れたこともあった。タイムマシーンのワープ理論と同時にその説は消えたがな」

 円形のヘリポートエリアへ向かう数段の階段を上りながら、黒子は独り言のように呟く。

「ロボットは……なぜオマエ達は人の姿を求めた」

 彼女には人の姿を模した二足歩行のロボットは特に理解できない存在だった。

 いま目の前に佇む『殺人鬼キール』

 過去。いくつもの人の死を見てきた黒子にとって、キールとの戦いは一人の‘人間’との戦いに変わりはなかった。

「人はオマエ達が思っているほど素晴らしいものではないと言うのに」

 羽織っていたトレンチコートを脱ぎ捨てて、黒を強調したその女は漆黒の闇を連想させる不気味な瞳を輝かせた。

 キールは腰を低くして黒子を待ち構える。

 今にも走り出しそうな二匹の狼に、藤野は息を呑み込んで見守る。


 飛び交うヘリコプターの爆音を無視し……時が止まったかのような一瞬、黒子の声が藤野の耳に響いた。


「解体屋送りにしてやるよ」

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