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第1章 ファイル6

 闇に宝石をばら蒔いたような星空の下、黒子さんは愛車ウィーリィX2000を長谷川宅から少し離れた場所に停車させた。

 ここからなら家の様子もよく見えて、黒子さんの黒い車は向こう側からは見えづらいベストなポジション。まさに張り込みにはもってこいという場所だ。

 人通りも少なく、たまに冬の寒さに耐えるように背中を丸くしたサラリーマンが家の前を通り過ぎるくらいで支障はない。


「時間が時間なだけに人通りはありませんね。でも僕はまだ信じられませんよ……まさか」

 犯人が、と言いかけた時……黒子さんがくわえたタバコに火を付けながら僕を見た。

 墨汁のような黒い眼に見とれて、僕は言葉をつまらせる。

「いいか藤野……不可思議な事件など百年以上も前に正当化されている。ただ私達はそれを受け入れるしかないんだよ」

 そう言うとタバコをくわえたまま、黒子さんは右手でカーステレオの音量を下げる。

 ステレオからは丁度日付がかわる午前0時を告げ、天気予報を読み上げる女性の声が聞こえはじめた。

 しばらく車内は沈黙になり、少し重苦しい空気になった時。耐えきれずに僕は口を開いた。


「タバコ……変えたほうがいいですよ。もう少し軽い女性用のやつに」

 僕の言葉に黒子さんは目を細め、フゥと息を吐いてから渋々とタバコの火を消した。


「考えとくよ」



 さらに時間が過ぎていく。

 長谷川宅へ向かうのにかなりの長い間、車を運転していた黒子さんの体が気がかりだ。

 できることなら休むように声をかけたいが、真剣な顔で長谷川宅を凝視する黒子さんを見て僕は心配することをやめた。

「忍先生からの情報はなんだったんです?」

「あぁ、情報屋をやっている私の知り合いの子から収穫を得たそうでな。犯人であるロボットの名前はキール」

 家庭用のロボットなどに製造番号ではなく、愛着ある名前にすることは今となっては普通なことだ。

「なんでも普通では販売されていない長谷川宅専用の特別なロボットらしい。特別……なんとも都合のいい言葉だな」

 知世という子の情報力に僕は感心する。

 なるほど。闇ルートでの電化製品、ロボットに至っては人工チップに異変が起きる可能性も決して無いとも言えないだろう。


 黒子さんは忍先生から聞いた情報を僕に話すと、何かに気付いたように車の戸を開けて外に出る。

「どうしたんですか?」

「……何か変だ? どうも静かすぎるぞ」

「もう就寝しててもおかしくないですし、静かなのは当たり前ですよ」

 僕の言葉に耳を貸さずに黒子さんは長谷川宅へ向かって歩き出し、上着の内側に手を入れてガンホルダーから銃を取り出す。

 見た目はベレッタのようだが、かなり改造してあるようだ。

 引き金の辺りに見慣れないギアのような物があるのがチラリと見えた。

「大丈夫なんですか黒子さん!?」

「私の本能的直感を信じろ。乗り込むぞ」


 僕達は不自然に鍵が開いている玄関から堂々と長谷川宅へ侵入した。

 家の中は極めて物静かで暗い。広いリビングの天窓からの月明かりが唯一の光。

 長谷川玄八郎は子宝に恵まれずに妻と二人暮らし、その妻とも今は別居中らしい。


 玄関が開いていたことから、もはや安心できる状況ではない。罠に誘い込まれたことも十分にあり得る。

 しかし黒子さんは躊躇うことなく、二階へ上がる階段を上る。

 さすがは長谷川宅の豪邸。アパートに暮らす僕は普通の一軒家に住んでいる人にでもスゴいと思うぐらいだが、この部屋数には目が眩みそうになる。

 僕達は長谷川玄八郎の書斎に侵入して銃を構える。


「は、長谷川玄八郎!?」

 予想だにしなかった光景に僕は思わず声が出る。

 長谷川玄八郎の変わり果てた姿が部屋に横たわっていた。

 現状からして争った形跡はなく、だが確実に正面から刃物で刺されている。

「とうとう親殺しも‘遂行’したな」

 黒子さんはその場に少し立ち止まるが、直ぐ様に部屋を物色しだした。

「見てみろ藤野」

 長谷川の机の上から黒子さんは一枚のカードを取り上げる。

 辺りを警戒しつつ、僕はソレを拝借した。

「ロボットの免許証? 人間と同じでロボットも資格を取る必要があるとは知ってましたが」

「コイツは庭の草を刈る以外に肉を解体できる」

 免許証の実物を見るのは今日が初めてだ。実は家庭用のロボットを僕は持っていない。

 キールは料理師と車の免許も持っているようだ。

「こーいうのって各種の個人会社でデータをインストールするだけで資格が取れるんですよね」

「しかし手続きが面倒くさいらしいがな」


 僕は証拠を何点か押収できまいかと、長谷川の遺体を調べた。


 足元に落ちている長谷川の杖を拾おうとした時。天井に違和感を感じた。

 そして肌に突き刺さるほどの圧迫感と寒気。

 もちろんそれは黒子さんも同じように感じ、二人で上を見上げた。


――ガチャ!


天井に張り付き、殺気を殺して僕達の様子を伺っていた殺人鬼に僕の反応は少し遅れた。

「阿呆! 離れろ藤野!」

 黒子さんの声に僕はすぐに壁際へ退く。

 彼女は神経を集中させ……ふぅ、と長く息を吐いた。

 そして刺すような目で人型の殺人ロボットを睨みつけ、完全なる臨戦態勢に入った。

 一方のキールは鈍い音とともに床に着地し、僕には目もくれずに黒子さん目掛けて走り出す。


 黒子さんは素早く銃をキールに向けて引き金を引いた。

 弾丸は右肩に命中するがキールの勢いは止まらない。

 彼女は首を掴まれ、壁へ激しく押し付けられた。

 足の踏ん張りも利かずに軽々と押し付けられたことから、キールの力が驚異であることが見てとれる。

 さらに追い討ちをかけるように、右手で黒子さんの腹部を殴り付けた。


「――ぐっ!」


 彼女の吐血は首を掴むキールの左手に付着した。

 そのまま流れるような早さで右手の肘を曲げ、まるで折りたたみのサバイバルナイフのように右手を軽式型チェーンソーへと変形させた。

 つんざくような激しい音で起動するチェーンソー。

 どうやらキールは電動ハサミから肉切り用のチェーンソーへと武器を取り替えていたらしい。さらに攻撃力を重視した武器だ。


 今まで硬直していた僕の体は、その光景を目の当たりにするとともに解放されて動き出す。

「黒子さん!」

 援護に向かう僕だったが、黒子さんの反撃に再びその体は硬直した。

 黒子さんは首を掴んでいた殺人鬼の左手に右手で掌打を浴びせ、手が緩んだところで右のハイキックを頭部に命中させる。

 黒子さんの動きにまったくの無駄はなかった。

 吹き飛んだキールは砕けた頭部の破片に気を配ることなく低い体勢で走りだし、黒子さんの襟首を掴んで本棚へ叩きつける。

 黒子さんは落ちてきた数冊の本を気にすることなく、一定の距離が空いたのを機に左手に持っていた銃で狙撃する。

 三発の弾丸のうち命中したのは一発、キールの左足のアキレス腱を撃ち抜いた。

 人間ならば致命傷だが、キールは猛スピードで窓から逃亡。


――ガシャーン!


 黒子さんも立ち上って後を追い、窓から外へ飛び出す。

 着地とともに銃を構えるが、すでにキールの姿は見当たらない。

「……くそっ。だが逃がしはしない」

 窓から身を乗り出していた僕は、すぐに階段を駆け下りて黒子さんのもとへ。

 僕は彼女と違って窓から飛び出す勇気などはなかった。

「どこへ逃げたんでしょうか?」

「問題ない。左手に発信機を取り付けてやったからな」

 彼女は驚くほど抜け目が無かった。

 あの戦闘の間にそんな判断ができるとは。


 僕達は車に乗り込み、キールの追跡を開始した。

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