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第1章 ファイル5

 お前にとっては信憑性のない話だがコレは事実だ。

 黒子さんは僕にそう言った。

 彼女はあくまで冷静を装い、しかし心の内面ではメラメラと闘志を燃やすように鋭く眼を尖らしている。

 車という名の檻の中で猛獣と一緒に閉じ込められている気分だった。

「長谷川も、あの二人も考えてることは分かりませんね。お金なら十分過ぎるくらい懐に収めているというのに」

「例えそうだとしても、金の成る木は手放したくないというのが本心なんだろ」

 そう言って黒子さんは不適な笑みを浮かべた。

「それよりもボディガードのダイヤモンドフォーメーションを軽々と破ったヤツだ……久しぶりに骨のあるヤツが出てきたぞ」

 表情はそのままだったが、明らかに黒子さんはこの事件を楽しんでいた。

「本馬のボディガードに潜ればさらに‘ヤツ’のことが分かったがな」

「一日に何度も使用するものじゃない……でしたね」

 あぁ、と言って黒子さんはアクセルを踏む足に力を込める。

 僕は黒子さんが参考がてらに話を聞きに行く『人物』のいる場所を尋ねようとした。

 しかし彼女は僕の態度から察したのか、先に口を開いた。

「これから愚劣な『人物』に会いに行く。特殊な犯罪者だから気を引き締めておいた方がいいぞ」

 はい、と答えて僕は窓から外を眺める。

 そろそろ日が暮れる頃だ。



 着いた場所は大東京警察・特殊管理刑務所。


 白い壁で覆われた建物で、中に入ると濁った重みのある空気を感じた。

 なんでも人間と呼ぶにはあまりにもかけ離れた化物を収容する施設らしく。周りに病院や学校といった施設などを設置できない危険区域、大東京下層街に建てられている。

 そこで働いている人間も普通ではない。

 白い防細菌服を着て、酸素マスクまで付けている。

 しかし、黒子さんはそのままフロントロビーを抜けて面会室へと向かう。

 もちろん僕も後を追うしかない。


 面会室は小さな四角い部屋で、中央には机と椅子が置いてあるだけ。

 本部の取り調べ室でもこんなには簡素の無い部屋ではない。

 その部屋に入ると、すでにその『人物』は椅子に座って黒子さんを待っていた。


「どうも闇絵黒子さん。アナタと会えるのを楽しみにしていましたよ」

 その『人物』はスキンヘッドの少し細身の男だった。

 しかし、この施設にいる以上は彼も普通のヤツでは無いことが僕でもすぐにわかった。

 まるで体温を感じさせない白っぽい肌。少し錆びた臭い。なにより彼は僕達が部屋に入ってから一度も瞬きをしていない。

 あまりにも不気味だ。

「思った通りのたわけたヤツだな……オマエ」

 そう言って、黒子さんは向い合わせで椅子に座った。

 僕は彼女の後ろで様子を伺う。

「今回の事件の参考に話を聞きにきたの、よろしく佐々木文雄ささき ふみお

「今はBK―6713って名前なんだけどね……まぁいいや」

 男は紛れもない人型のロボットだった。


 ロボットが犯罪を犯すのは、過去に一度も例はない。

 それは藤野進にも理解していた。

「黒子さん。どういうことです? この佐々木文雄という人物……」

 藤野は黒子の耳元で呟く。

「マスコミやメディアには知られていないがコイツはロボットで唯一、三人の少女を拉致し殺害した犯罪者だ」

 藤野は驚きの顔を隠せなかった。

 そんな顔をみても、佐々木の表情は変わらない。

 人形のように座っている。

「ロボットといっても、完璧なロボットになろうとしたイカれた人間だがな」

 その言葉に反応したように、佐々木文雄は口を開く。

「ツラいな。君も俺を理解してはくれないか」

 黒子は彼に向かって鼻で笑う。

「五年前。俺を逮捕したあの美人はアンタの師匠らしいな」

「あぁ。だが私はその現場に居合わせてはいなかったよ」

「強い女だった。俺の楽しみをアッサリと邪魔して叩きのめされた。アレは‘痛かったな’」

 佐々木は初めて二人に目をそむけて話を続ける。

「その弟子であるアンタも強いのだろう。だから俺は大人しくアンタと会話をしようと思う」

 それは助かる、と言って黒子は今回の事件を彼にまとめて話した。

 佐々木は聞き終わると少し黙りこんでから語りだす。

「十年前に一人の男が女性型ロボットに恋をした話を知ってるか? 異常なまでの彼女への愛が原因で、その女性型ロボットはマンションの屋上から自殺をした」

「なにが言いたいんだ?」

 藤野が佐々木に聞いた。

「人形やロボットには魂が宿る。まれにゴーストをもつということだ」

 さらに佐々木は話を続ける。

 黒子は視線をそのままに、タバコに火をつけた。

「俺もそうだった。そして今回の犯人もそうだ」

 藤野は再び驚いて眉にシワを寄せた。額からは少し汗が流れる。

「ほ、本当ですか黒子さん?」

「あぁ……今回の犯人は長谷川宅のロボットだ。少し古いタイプで手入れはされていないだろうがな」

「言ってることがよくわからないんですが?」

「おそらくだが人工のチップが自我に目覚めた、これは異例なことだぞ藤野」

 藤野は髪を掻きむしり、再び視線を佐々木に向ける。

「しかしロボット工学三原則に反するんじゃ?」

 ロボット工学三原則。

 第一条・ロボットは人間に危害を加えてはならない。

 第二条・ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。

 第三条・ロボットは第一条、第二条に反する恐れのない限り自己を守らなければならない。


「簡単な話だ。長谷川宅のロボットは三原則を無視できる。そのうち人を殺すのに理由はいらなくなる」

 佐々木は相変わらず冷静に答える。

 若すぎる刑事はお手上げといった状態だ。

「それはオマエのように人間がロボットになった場合、犯罪に手を染める可能性はあり得る。実際にオマエがそうだが……」

 佐々木は黒子の言葉を引き継ぐように言う。

「ロボットが人間のように犯罪を犯す可能性か?」

「あぁ……一応だが例が無いからな」

 佐々木はぎこちなく笑みを作った。改めて二人に自分はロボットなのだと知らしめるように。

「俺が保証する。そいつは殺しを覚えた」

 その言葉を聞いて、黒子は勢いよく席を立った。

 藤野は一瞬だけ肩をすくめる。

 背を向ける彼女にイカれたロボットが最後の言葉をかける。

「また遊びにきてくださいよ」

 黒子は背を向けたまま一言呟く。

「今度会うときは……地獄でだ」


 そして二人の刑事は振り返ることなく部屋を出ていった。

 看守が面会室へ入り、佐々木に声をかける。


「より良い人間社会すら築き上げれない人間が、ロボット社会を築くなんて矛盾してると思いませんか刑事さん? ……だから俺は人間を辞めたんですよ」


 佐々木の囁くような弱々しい小さな声は、それでも狭い面会室に虚しく響いた。



 黒子さんが刑務所を出ると、彼女のケータイが鳴った。

 電話の相手はケータイから漏れだす大きな声で僕でもすぐにわかった。

「何かわかったのか忍?」

 鑑識課の木村忍。三十路テマエの美人なオカマからの電話だ。

「いや〜、あれからすぐに情報屋の知世ちよちゃんに連絡とって電話で聞いたんよ」

「それで?」

「さすがは知世ちゃんや! 犯人は庭師が使うようなタイプの電動ハサミを使うロボットやって教えてくれたんよ。遺体に付着した物を提供したらアッという間に調べてくれて」

「だてに押し入れで一日中パソコンをいじってるだけはあるな。彼女には度々世話になる」

 さらに細かく情報を聞き出しながら黒子さんは車に乗り出して僕に言った。

「いよいよ犯人の『城』へ向かうぞ。早く乗れ」


「はい!」

 車は長谷川宅へと舵をとった。

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