第1章 ファイル4
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普通なら穏やかなハズの一日というのは、立場によってはコレほどまでに違ってしまうようだ。
スケルトンエンジェルを出た僕達は陰風吹き荒れる中。車に乗って今日二人目のバラバラ死体が見つかった黒屋コーポレーションへと向かい、そして再び無惨な遺体を目の当たりにした。
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黒屋コーポレーションは大きな会社だ。
ビルの高さもそうだが、様々な金融会社との繋がりがある。
詳しくまでは分からないが銀行を管理する会社だ。相当溜め込んだりしているのだろう。
そのビルの最上階である五十階。窓から大東京都市を見渡せる社長室にソレはあった。
「黒子さん……なんですコレ?」
視界に入るのは鮮やかな赤色。そして無数に転がっている元々は人だった肉片。
それは一人の人間によるものではなく、どうやら複数の人間のバラバラ死体のようだ。
社長室に敷いてあるじゅうたんは灰色から赤色へと染められていた。
僕は血の臭いで鼻が曲がりそうになる。
黒子さんは部屋の外で待機している刑事に話しかけた。
「身元は?」
刑事は手帳を片手にスラスラと読み上げる。
「殺害されたのは本馬毅年齢は四十六歳。黒屋コーポレーションの社長です……あと本馬毅のボディガードが四名同じくバラバラに」
「あぁ、この前テレビに出ていたヤツか。顔は覚えている」
そういうと黒子さんは部屋の机の近くにある首を指差した。
アレだな、と言ってその首に歩み寄った。
「まったく。コレを一日で二回使うのは久しぶりだな」
黒子さんはしゃがみこむと本馬毅の頭部に手をあて、本田なおみの時と同じように体が青白く光だした。
彼女は検索能力を再び発動させたようだ。
「黒子さん。あの……僕に手伝えることは?」
「ない。少し時間はかかるがそこでジッとしていればいい」
自分はあまりにも無力だった。
今できることといえば、少しでも犯人の手がかりを掴めるように黒子さんに向かって祈るくらいしかなかった。
地獄絵のような部屋の中で、黒子さんは一つの屍に意識を集中させる。
僕はまるで音のない世界に迷い込んだかのように静かな部屋で佇んでいた。
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人というのはコインの表と裏に似ている。
どんなに他者への印象が良くても、心の中には闇がある。
私が本馬毅の記憶を覗き込むと、それはすぐに見ることができた。
ある夜の倉庫で密会する本田なおみ。そして長谷川カンパニー社長『長谷川玄八郎(はせがわ げんはちろう』の姿がそこにあった。
長谷川は二十六歳という若さで会社を成功させ、瞬く間に大手金融のトップへと上り詰めた実力者だ。
それからの三十年余り、長谷川カンパニーの名が新聞に載らないことは無い。
「電話でも話したとおり、俺はこの件から下ろさせてもらう」
本田なおみは吸っていたタバコを地面に捨て、荒々しく踏み潰した。
「何を言ってるのよ本馬。私なんか会社の財産を全て長谷川さんに投資してるようなものなんだから……途中下車なんかできないわよ」
どうやら本馬と本田の二人は何かしらの結託関係にあるようだ。
それもそのハズだ。本田製薬と黒屋コーポレーションは長谷川カンパニーを親会社とする組織なのだから。
あまりに遠縁なため少し調べただけでは分からないがコレでハッキリとわかるし、いくら間の抜けた警察でもすぐに関連性には気付くハズだ。
「スマートなビジネスと言っただろう本馬くん」
長谷川玄八郎が口を開いた。あまりにも低いその声は、不気味なほどに倉庫内に響く。
「スマート? フンッ! 正式製品ロボットの密売がスマートだと!?」
鼻で笑った本馬だが、その言葉からストレスが感じられるのは明確だった。
「俺は国内密売に絞るというから安心していたのに海外へ密輸する計画の事は知らされていなかったぞ。今の時代に貿易絡みになるといくらアンタでも危険だ」
「知る必要は無いと判断したのだ、計画は順調だよ本馬くん」
そこで本田が割って入る。
「長谷川さんに付いてれば安心よ。鈍感な警察にはバレるわけがないわ」
「そんなこと言って、前に宴会場で酔った勢いから部下の一人にバレて相談の電話を寄越したのはドコの誰だ?」
その言葉に鋭くなる長谷川の目に、本田なおみが目を逸らした。
「あれは大丈夫よ。ちゃんと口止めしてるし」
「フン……どうだかな。酒癖の悪い女だ、またいつ口を滑らすか分かったもんじゃない」
そこで長谷川は持っていた杖をコツコツと鳴らしてその場を去ろうとした。
足腰が悪いと聞いてはいたが本当のようだ。新聞やテレビの前では意地を張り、杖を使っていないところを見るとプライドの高い男だと見てとれる。
「この話は後日にしよう、私の連絡を待て」
そう言い残し、長谷川玄八郎は闇の中へと姿を消した。
後日。長谷川からの連絡は無いまま本馬が殺される日を迎える。
密会にいた二人から密輸の件が外部に漏れる可能性を恐れ、長谷川がおこなった犯行だとココで私は理解した。
社長室にいた本馬は何らかの殺気を感じると、ボディガードを部屋へ呼んで陣をとらせた。
この時、本馬は本田なおみの死は知らない。
――――ガシャ!
本馬毅の視界ではとらえられないほどに。得体の知れない何かが壁や天井を縦横無尽に飛び回り、素早くボディガードのダイヤモンドフォーメーションをかい潜る。
そして本馬毅は本田なおみ同様、背後から首を切断された。
どうやらボディガードが殺されたのはその後のようだ。
私は覗き見た記憶の中では、その者の視覚と聴覚……あと嗅覚をほぼ確実に感じることが出来る。
しかし感覚などは感じた試しがない。
枯渇した機械音。そして鉄の臭い。
あぁ……そうか。本田なおみの記憶の中で嗅いだ臭いはコレだったのか。
こんなことだったのか。
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私は本馬毅の意識から離れると、立ち眩みに似た感覚を覚えた。
「……ふぅ」
大きく息を吐き、額に手をあて落ち着かせる。
やはり一日に二度のコンタクトはなるべく避けるべきだろう。身体に負担がかかることが今回で学習できた。
「どうでした?」
間の抜けたバカ面をした藤野が小走りで近づいてくる。
「早急に事は運んでいる感じだな。この事件は偶発的じゃない」
「計画的ですか?」
「なんだ藤野? この事件がそこらの小便垂れが起こした通り魔殺人とでも思っていたのか?」
いえ、と言って藤野は首筋に手を当て顔を伏せた。
この事件の黒幕と犯行を行なったヤツが大方わかった私は、ある『人物』が脳裏に浮かびだしてならなかった。
犯人のもとへ向かう前に参考がてら会うべきではないだろうか。
「この現場の後は野郎に任せればいい。行くぞ藤野、詳しくは移動しながら話してやる」
「ちょっと黒子さん!」
特殊部隊にいた頃を思い出す。もし戦闘になった場合は相手が相手なだけに派手に暴れれそうだ。