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第1章 『壊れた殺人鬼』 ファイル1

能力者、異常者、魔術を使う者。

死がつきまとう世の中で生きる個性ある人物たちが登場する作品です。

彼らを活かせるように努力は惜しまず。未熟ながら、この作品を自分の人生のターニングポイントに出来るよう頑張りたいです。

どうか末永くヨロシクお願い致します。



 闇に宝石をばら蒔いたような星空の下、黒子さんは愛車ウィーリィX2000を長谷川宅から少し離れた場所に停車させた。

 ここからなら家の様子もよく見えて、黒子さんの黒い車は向こう側からは見えづらいベストなポジション。まさに張り込みにはもってこいという場所だ。

 人通りも少なく、たまに冬の寒さに耐えるように背中を丸くしたサラリーマンが家の前を通り過ぎるくらいで支障はない。


「時間が時間なだけに人通りはありませんね。でも僕はまだ信じられませんよ……まさか」

 犯人が、と言いかけた時……黒子さんがくわえたタバコに火を付けながら僕を見た。

 墨汁のような黒い眼に見とれて、僕は言葉をつまらせる。

「いいか藤野……不可思議な事件など百年以上も前に正当化されている。ただ私達はそれを受け入れるしかないんだよ」

 そう言うとタバコをくわえたまま、黒子さんは右手でカーステレオの音量を下げる。

 ステレオからは丁度日付がかわる午前0時を告げ、天気予報を読み上げる女性の声が聞こえはじめた。

 しばらく車内は沈黙になり、少し重苦しい空気になった時。耐えきれずに僕は口を開いた。


「タバコ……変えたほうがいいですよ。もう少し軽い女性用のやつに」

 僕の言葉に黒子さんは目を細め、フゥと息を吐いてから渋々とタバコの火を消した。


「考えとくよ」



『十六時間前』


『大東京警察署』


 三月の半ば。


 今日、僕は緊張感からか本部勤務初日に遅刻しそうになった。こんなこと学生時代でも無かった事だ。

 エレベーターへ向かい、捜査第四課のある七階のボタンに手を伸ばした。

 扉が閉まる瞬間、一人の中年男性が慌てながら乗り込んで来て十階のボタンを押した。片手にはブラックコーヒーの入った紙コップを握りしめている、どうやら先輩のようだ。

「ワリィな助かったよ新人君」

 本部で見かけない顔だったのか、僕を見るなり新人と気づいて彼はそう言った。

 いえ、と言って僕は扉が閉まるのを確認すると今日から務めさせてもらう七階を目指す。

 エレベーターが移動している途中、僕は隣でアゴを撫でながら横目でチラチラと見てくる先輩に気がつき思わず訊ねた。

「あの……なんです?」

「いや〜なんだ。もしかしてオマエさん捜査第四課所属? て〜と何か? あの『お嬢様』のパートナー?」

 『お嬢様』が誰なのかはわからないが、第四課所属になることは確かなので僕はそう答える。

「ハッハッハッ、ついに記念すべき十人目か。今回は何日で脱落するかね〜」

 まるでゲームを楽しんでるように、彼は陽気に笑った。

 その態度に気分を損ねたとまではいかないが、少しばかり口を尖らせ乱暴な口調で僕は聞いた。

「その人、厳しいんですか?」


「お、無邪気な質問だな。俺は彼女と直接は組んだことはないが、何より掴みどころの無い性格で有名だ。美人で仕事熱心なんだけど『影がない』のに陰のありそうな女性だよ。なんでも過去の罪滅ぼしのためとかで本部で働いてる噂があるんだ……署長自らの監視付きでな。だが捜査は大胆な行動が目立ち、荒々しくて手に負えない。アンタの前任であるパートナー全九名は彼女の身勝手な捜査にお手上げだったんだろう、一週間もったヤツいねぇよ。まぁオマエさんの言う通り厳しいっていうのは正解ではあるな、よ〜するに彼女は限りなく野良に近い飼い猫ってことだ」

 あまりに信用性のない話に僕は首をかしげた。

 いや、僕の考え方が真面目すぎるのだろう……彼の言う『お嬢様』と呼ばれている女性は話を聞く限り僕では手に負えない人物な気がしてならない。

 不安を積もらせながら僕は具体的な特徴などを先輩に聞こうとしたが、先にエレベーターが七階に着いてしまった。

 降りる最中、先輩は持っていたコーヒーの紙コップを僕に渡した。

 半分ほど残っている中身は戦場へと向かう兵士にたいしての餞別のように思えた。

 エレベーターが閉まるのと同時にゆっくりと歩きだした僕はそのコーヒーを飲み干して紙コップをゴミ箱へ捨てる。そして流れるような足取りで進み、気付いた時には捜査第四課の扉の前に立っていた。


――コンコン


 返事はない。しかし中から感じる人の気配。

 僕は中の様子を確認する前に扉を開けて一声をあげた。

「失礼します。本日付より四課に配属になりました藤野進ふじの すすむです。宜しくお願いします」

 敬礼とともに扉はガチャリと閉まる。


 ……と、同時に僕の体は硬直した。あまりの部屋の状況に驚いたからだ。

 部屋中タバコの煙が染み込み、なんとも陰気で飾り気の無い部屋。

 机に座り肘を立てて指を組んでいる小太りな男性が一人。茶色のソファーにタバコをくわえながら仰向けで寝転ぶ性別不明な人が一人。

 僕の声、そして僕が入ってきた事に気付かなかったのだろう。二人して何やら言い合っている。


「監視社会・大東京都市。君の言う税金のムダ使いによる監視カメラ大量設置のおかげで、ヤクザがらみの詐欺師と銀行強盗を同時に逮捕……そして暴れている君の姿をバッチリとカメラにおさめれたワケだ」

 寝ている人物にキツく当たっている男性は、どうやら本部の杉田署長のようだ。

「だか暴れるにもほどがある。あの場にいた一般市民もろとも病院送り……またギャンブルに負けてイライラしていたのは分かるがね。加減と言うものを君は知っているか?」


「私に目をつけられた阿呆なアイツらが悪いんですよ。まぁ署長のおかげでデスクワークが苦手な私でも始末書を書くのは慣れました」

「慣れてもらっては困るんだよ」

 ハァ、と署長がため息をついた時……僕は再び二人に声をかけた。

 僕の声に気付いたのか。ソファーに寝込んでいた人物がピクリと動き、タバコの灰がポロリと落ちた。

 熱がることなく頬の辺りについた灰を払う。スッと起き上がり、座ると同時に不機嫌そうな顔で僕を指差した。

「署長……コイツはクビだ。寝タバコの新記録に挑戦していたのにジャマをしたわ」


「――――えぇ!」

 彼女の突然のクビ宣言に僕は驚き、思わず声を上げてしまった。


「落ち着きたまえ藤野くん。闇絵くん、彼は今日から君のパートナになるクラスAの藤野進くんだ。今朝話したろう」

 えぇ、と彼女は不機嫌そうな顔を維持したまま足を組んで言った。

 この人が先ほどの先輩が話していた『お嬢様』と呼ばれている女性だろう。

 美人で真面目そうな外見、どことなく妖艶な顔立ち。黒のスーツが似合うスラッとしたスタイルで髪は肩くらいまで伸びた黒色。何故か両耳の上部分だけ髪は白色をしている。

 しかし、一番驚いたのは彼女の足下だった。


「影が――ない?」

 そう、彼女には影が無かった。

 先輩の言っていた『影がない』とは文字通りの意味だった。

 なぜ、彼女は普通でいられるのか不思議で仕方ない……誰もがそう思うだろう。

「毎度毎度たわけた面構えなヤツをよく見つけてくるな署長は、いい加減笑えないわ」

「口を慎みたまえ闇絵くん。私は君の上司だぞ」

 ヒラヒラと手をあげて、彼女は了承の合図をだした。

「さっそくで悪いんだが二人には現場に向かってもらいたい……君も仮眠は十分にとれたろう」

 署長は彼女に目をやった。

 彼女は再び黙って合図をだした。

 僕は机の上に置いてあった青色のファイルを署長から受け取ると、扉を開けて彼女が出るのを待った。

 彼女はソファーに掛けてあった、これまた黒色のトレンチコートを羽織り部屋を出る時に僕と目を合わさずに呟くように言った。

「……闇絵黒子やみえ くろこだ。私に付いていけないと感じたら、遠慮せずに私の前から消えてもらって構わないぞ」

 そう言って彼女は一度も僕を見ることなく地下駐車場へ向かった。


 クラスAは警察官のエリートを意味する。本部所属初日から、段取りよく現場へ向かわされるのが何よりの証拠。

 自慢ではないが、僕もそれなりに努力をしてきた結果がコレだ。

 だが、彼女……闇絵黒子は僕のキャリアに興味なしと言った様子。

 地下の駐車場に止まっている黒い車。

 それに乗り込む彼女に続き、僕は助手席に座った。

 誰が見てもわかるような外車。僕は車に詳しい方ではないが、それがウィーリィX2000という有名な車だと分かった。

 車内の綺麗さ、マフラーの音。かなり愛着のある車のようで、ようやく彼女の普通らしさを見たような気がした。

 車は走り出す。

 目的地は約二十キロ先の南部公園。署長から渡されたファイルによると、本田製薬で働く女社長『本田なおみ』が死体で見つかったらしい。

 詳しくは現場で見ることにしたが、車内は葬式のように静かで暗いムードだった。

 外の景色は行儀よく並ぶビルやマンション、ニュースを流す電光掲示板ばかり。

 が、すぐに景色は変わり壁に描かれたグラフィティアートが目立つようになった。

 もうすぐ現場に着くようだ。

 すると彼女は黒色のケータイを胸ポケットから取り出すと片手運転で電話をはじめた。


「ヴィンセント。今日の昼頃、姫子の様子を見に店に寄らせてもらうからそのつもりでいてくれ」

 早々と用件だけ言うとケータイを切って車を出た。慌てて僕も彼女に続く。


 木漏れ日射す現場にはすでに警察官が多数。黒子さんは公園のほぼ中央にあるシートを被せた遺体の前に立つ二人の男に話しかけた。

 白髪混じりの如何にもベテラン刑事がしゃがみ込み、シートを捲って黒子さんに遺体を見せる。

 遠くから見ていた僕は、その無惨な遺体が視界に入るとともに嘔吐してしまった。

「――がぁ!」

「まだまだ現場慣れしてない若造だねぇ」

 タバコを吹かしながら立っている中年の刑事が言った。

 黒子さんは僕の方へ一度だけ振り返ると軽くため息をもらしてしゃがみ込み、隣にいる刑事に語りかける。

「まだお迎えがこないのか横山のジィさん?」

「いやぁ久しぶりだね闇絵ちゃん。同僚のマイケルが事件を起こした時に世話になって以来だから一年ぶりかな。交通課に配属されてからは楽させてもらってるよ……闇絵ちゃんも体に無理させずウチに来たらどうだい?」

「交通課にいたら腐るだけよ……遠慮するわ」

 すると、中年の刑事が話を割るように黒子さんに問いただした。

「どう思う闇絵? お前の相方が吐き出すくらいの無惨なバラバラ死体だ。害者の名前は『本田なおみ』本田製薬で働く三十二歳の若社長で、殺されるような動機は今のところ無い。とりあえず鑑識は中森先生に頼もうと思うが、まずはお前の『アレ』を頼みたい」

「あのヤブ医者のような中森にか? やめといた方がいい。私が後で別のヤツに連絡をとろう」


 遺体を見てから気分が悪くなっていた僕は、ようやく落ち着いてくるや否や横山さんというベテラン刑事に手招きされた。

 近くに寄ると、ニッコリと微笑みながら横山さんは黒子さんを指差した。

「君は闇絵ちゃんの『アレ』を見るのは初めてだろう?」

 見ておくといい。彼がそう言うと、黒子さんは目を閉じて遺体の上に自分の右手をおく。


 次の瞬間。


 僕は目を疑いたくなる光景に遭遇した。

 黒子さんの体はボンヤリと青白く光だし、周りには同じく青白い蛍火のような小さな光の玉が無数に浮いていた。

「く、黒子さん――コレは!?」


「死体は語らないけど記憶は語るのよ」

 黒子さんを覆う光は公園という名のステージで今にもコンサートが始まりそうな、そんな眩い光だった。

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